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早朝(6:22発)のはるかに乗り込み、京都から締めくくりの場所・高野山奥の院へ向った。
天王寺から和歌山行きの紀州路快速で和歌山へ、和歌山から和歌山線に乗り換え橋本着が9:25。やれやれ本日は何回電車に乗ったり降りたりするのだろうか・・・。これも、JRパスを使って少しでも交通費を安くあげたいその一心である。橋本からは南海電車に乗り、極楽橋経由、ケーブルカーにも乗り、高野山に到着したのは10:33。まだバスに乗らなきゃならない。駅前のバスに乗り込んで、最終目的地である奥の院バス停には11時過ぎに到着。4時間近くかかったことになる。
高野山にはご存知の方も多いと思うが、供養塔も含め多くの墓がある。信長、光秀、秀吉、家康と呉越同舟の見本の様でもあり、ガイドさんが特に熱を入れて説明する場所でもある。という訳で、忠直卿の実父であり家康の次男・結城秀康(名前からも類推できるが彼は、秀吉の養子であった。)、そして、忠臣蔵の浅野内匠頭、二ケ所の写真を撮った。
金剛杖を片手に、いよいよ奥の院に参詣する。写真を撮ることはできないが橋の手前から写真を撮る。ここから先に行くことの出来ない犬が橋のたもとにくくりつけられていて、飼い主がいなくなった不安からさかんに鳴いている。
とにもかくにも、これで、初めての四国遍路を終えたことになる。金剛杖を脇において、休んでいると東京から来られた熟年のご夫婦とお話しをする。定年を迎えて、自分達もお四国を廻ってみたいが、時期はいつが一番いいのだろうかということで、ゴールデンウィークのあとか11月頃かと答える。夏の暑さは本当にこたえるし、冬では天候の心配もある。貸し切りバスで何回かに分けて廻れば、かなり楽に廻れるのではないかと答えておいた。
今回は、歩き・JR・路線バス・タクシーと無理せず出来る範囲で歩いて結願を迎えた。次回は歩き遍路の完遂だ!
高野山から名張の田中徳三監督邸へ向う!名張まで何度乗車と降車を繰り返すのだろうか・・・。お土産は天下一品の高野山の“ごま豆腐”。お二人に、真っ先に結願の報告をするのだ。

↑納経帖最後のページにご朱印をいただきました!
制覇:88札所 残り:0札所
第二十九日
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