シナリオと撮影所A 

企画部 

『朱雀門』あれこれ 

 大映の『朱雀門』は地球を一周する。『羅生門』『地獄門』今度は『朱雀門』がバッターボックスに立った。大飛球なるや?原作は御存知の「皇女和の宮」と云う新聞小説で、大映専務川口松太郎が朝日に掲載したもの。この小説の連載中に辻久一(現企画部長)が新聞の切抜を作りながらプロットを作成した。

 原作の方は終結後間もなく単行本になり、ついで川口松太郎の脚色を得て新派の舞台に乗った。新派悲劇「皇女和の宮」は水谷八重子、花柳章太郎の名コンビで、新派のお客を陶然とさせ、心ゆくまで泣かせたと云う事だ。

 映画企画としての「皇女和の宮」は、単行本や舞台になる以前に立てられていた訳だが色々の事情で、昨年の春、八尋不二に依って脚本が書かれる運びになり、脱稿後半年ののち、即ち昨年の秋、社長本読みを得て、製作へのスタートを切ることになった。「こんないい本があるのに何故黙っていたんだ」とが永田社長も意地が悪い。題名に「朱雀門」と変更があったのは暮れも押し詰まった十二月である。

 さて、ヒロイン和の宮の候補に、最初岸恵子が上ったが、岸は脚本を渡され、その心積もりで読んだのだが、併し仕事がテッパるので諦めて、その旨を伝えて来た。次いで久我美子、香川京子と線上に浮んで来たがどうやら若尾文子の皇女和の宮が決定した様である。若尾は新しい層にファンを必要としている時であるから、『朱雀門』のヒロインはその面からも、思い切った処置であり、期待される決定を見たと云えよう。

 夕秀の役もヒロインと同様に色々出たが結局山本富士子に落着いた。新年号の座談会に(本誌“シナリオと撮影所”新春号20頁)あったが、和の宮より夕秀の方がやりたいと云う人が多かったのは、主役のペーソスより、現代の若い層には夕秀の置かれている悲劇的状況の方がより身近かであり、役に実感を持つことが出来るからであろう。試みに企画者にこの点を質して見ると、

 「夕秀の悲劇的感情の方が日常的だからでしょう」と云われ、これに較べて和の宮の悲劇的感情は、大河の様に歴史的背景とのバランスの上に成立していると考えられる俳優の役柄の選択が大きく映画製作に影響しつつある時、和の宮と夕秀のこの悲劇的感情の相違はかなりデリケートな問題であった様だ。

 

一方男優陣の方は別に問題はなかった様で、有栖川宮熾仁親王は市川雷蔵と決まって固く動かない。また悲劇的陰翳を受持っているかの様に大きく活躍する二人の陰陽師の役も、熊の倉友房に東野英治郎、竜安に柳永二郎と決定し、共に期待されている。

 所で、この作品の企画は、幕末の動乱期を背景とした愛情不滅の悲劇を狙ったものだが、脚本家八尋不二が最も苦心したのも皇女和の宮の悲劇的感情に、どの様に説得力を持たせるかと言う点であった様だ。広い観客層に強い感動を与える美しい恋愛悲劇になるかどうかの鍵もどうやらその辺にあると思われる。

 本読みも好評裡に終了し、演出担当の森一生も大いに張り切っている。本年度大映カラー超特作『朱雀門』の成功を、我々はひたすら祈ればよい訳である。

製作 永田 雅一 企画 辻 久一
原作 川口 松太郎 脚本 八尋 不二
監督 森 一生 撮影 宮川 一夫
録音 大角 正夫 照明 中岡 源権
美術 西岡 善信 音楽 斉藤 一郎
衣裳 上野 芳生 装置 高津 利治

時代映画 シナリオと撮影所57年2月号