ひとり狼
1968年4月20日(土)公開/1時間24分大映京都/カラーシネマスコープ
併映:「怪談雪女郎」(田中徳三/藤村志保・石浜朗)
| 企画 | 辻久一 |
| 監督 | 池広一夫 |
| 原作 | 村上元三 |
| 脚本 | 直居欽哉 |
| 撮影 | 今井ひろし |
| 美術 | 太田誠一 |
| 照明 | 山下礼二郎 |
| 録音 | 林土太郎 |
| 音楽 | 渡辺岳夫 |
| 助監督 | 溝口勝美 |
| スチール | 藤岡輝夫 |
| 出演 | 小川真由美(由乃)、岩崎加根子(お沢)、長門勇(上松の孫八)、長谷川明男(半次)、丹阿弥谷津子(秋尾)、新田昌玄(斎藤逸当)、小池朝雄(平沢清市郎)、五味竜太郎(鬼頭一角)、守田学(伝七)、伊達三郎(多賀忠三郎)、内田朝雄(上田吉馬)、浜村純(新茶屋の吾六) |
| 惹句 | 『おれにドスを抜かせるな!無駄な死人がまたふえる!木曽の夕日に冷たく笑う、一本どっこの凄い奴!』 |

市川雷蔵のことば
(「大映グラフ」68年5月号より)
ある思い出
三十七歳で夭折した市川雷蔵が、新しい形の股旅ものをやるから手伝ってくれと言ってきたのは1967年の暮だった。永田社長の了解はとった。題材は村上元三氏の『ひとり狼』だという。但し、永田社長との約束がある。社長はこの企画に賛成しなかった。それを必ずいいシャシンを作る。そして必ずヒットさせると約束して許可を得た。だから、いい作品であると同時に営業的にも、いい成績をあげてくれないと困るというのである。えらい啖呵をきってくれたものである。
誰も最初から駄作を作ろうとか、こける作品を作ろうなどと考えて映画作りはしないが、こう決めつけられると、ウーンと考えてしまう。しかしやらなければならない。既に走り出しているのだ。止るわけにはゆかない。努力するより仕方あるまい。いずれ僕等の仕事は結果が勝負なのだからと納得した。だが、私にはもうひとつ問題があった。
私は市川雷蔵と組んで、すでに二本の股旅映画を作っていた。『沓掛時次郎』と『中山七里』である。いずれも原作は長谷川伸氏の名作である。『沓掛時次郎』は1961年に封切られ、営業成績もよく、新聞や専門紙の批評も悪くなかった。私は結構いい気持ちであった。だが週刊新潮に村上元三氏の酷評が載ったのである。この映画は沓掛時次郎じゃない靴下履次郎だと書いてある。細部は忘れたが、とにかく立腹されている様子が紙面から溢れ出ていた。
それから数日後、伊藤大輔先生にお会いした時、「池広君、ほっちょせは明治のものだよ」と言われて愕然とした。
これは、どういうことかというと、沓掛時次郎が一夜一飯の義理で、六ツ田の三蔵を斬る、三蔵には、女房のおきぬと太郎吉という子供がいて、時次郎は二人を連れて、おきぬの実家まで送り届ける旅に出るのだが、道中路銀がなくなり、おきぬと二人で門付けをする件がある。そこで私は「ほっちょせ」を雷蔵に唄わせているのである。その唄が明治の唄だというのだ。これには参った。迂闊であった。調べがたりなかった。取返しがつかない、忸怩たる思いであった。村上元三氏の怒りも、こうしたことに基因していたのであろう。長谷川伸氏は村上元三氏の師である。師の作品をいいかげんに作ったということで、一層立腹されたのだと思う。
今度の『ひとり狼』は、その村上元三氏の原作である。社長との約束、出来の良い作品で営業成績もあげるということの別に、村上氏に文句のつけられない作品を完成させなければならない。『ひとり狼』は、こうした幾つかのプレッシャーを背負ってスタートしたのである。
村上氏に靴下履次郎といわれても、道中合羽に三度笠、手甲脚袢に尻はしょり、長脇差腰に草鞋ばき、このスタイルを変えるわけにはゆかない。事実は、こんなに格好よかった筈はないが、まさか雷蔵に、汗まみれの浴衣に褌姿をさせるわけにはゆかない。これは勘弁してもらうとして、渡世人の仕来は、できるだけ忠実に描いた。
例えば、渡世人が土地の親分衆の所に草鞋を脱げるのは午後三時までに限られる。遅れれば渡世人は野宿をする。草鞋を脱ぐ許可が出ると渡世人は挨拶変わりに手拭を預ける。この手拭は出立の時、なにがしかの金子を添えて返される。その金子のたかが、その渡世人がどの程度に評価されているかの目安である。食事は台所の板の間でする。一膳めしはゆるされない。といって二膳は多いと思えば、ある程度たべて、そのぶんだけ足す、これで一膳めしにならない。一汁一菜だが食べ残しは許されない。魚などは頭と骨と尾だけが残る。それは自分の手拭に包み懐にしまう。食べおわった食器は自分で洗い箱膳におさめ棚に返す。食前食後は姐さんのいる部屋の方角にむかい、きちんと挨拶する。
寝る時は一枚布団で柏餅で寝る。長脇差は抱えている。九時に姐さんが廊下を廻ってくる、その時は起きあがり障子越しに「おやすみなさいまし」と挨拶する。こうしたことを挿入しながら、渡世人の孤独、プロとしての修業のきびしさ、業苦、宿命といったものを描き、通例の人情的な股旅ものとはちがった辛口のものに仕上げた。
『ひとり狼』は、1968年四月に封切られた。仕上りは悪くなかったと思っている。しかし営業成績は惨憺たるものだった。東映が現代劇と時代劇、どちらもオールスター物の二本立をぶっつけてきた、客は東映にいってしまった。永田社長との約束を果せなかった。
村上元三氏は観てくださったのだろうか。どう感じておられるのか気になった。
市川雷蔵は、その翌年、1969年七月十七日朝、短い人生を閉じた。
死後、雷蔵を偲んで幾つかの写真集や書物が出版された。その一冊に村上元三氏の一文があった。
「わたしの作品を映画化した中では、『ひとり狼』が一ばん印象に強い」(池広一夫、「チャンバリストクラブ」より)
雷蔵君の思い出
市川雷蔵が若いころ、大阪歌舞伎界のいわゆるおん曹子たちといっしょに舞台を踏んだのを、わたしは観ていない。だが、大阪の学校へ通っていた女房は、いまでも『野崎村』の久松を演じたときの雷蔵の美しさをおぼえているという。
わたしが雷蔵君と知合いになったのは、歌舞伎の世界を抜けて、映画界に入り、スターとして華々しく売り出してからであった。
作品の打合せのとき、古いなじみの祇園のお茶屋「杏花」へ雷蔵君を呼び出した。そのころ「杏花」の女あるじは松本さださんといって、先代井上八千代の高弟であり、いまの八千代さんの後見役をしていた京舞の名手であった。二代目市川左団次の大の贔屓であり、左団次が没するまで色気ぬきの後援者であった。だが、歌舞伎の、それも左団次の舞台を観るだけで、とんと映画役者の顔などは知らない。
雷蔵君が「杏花」から帰ったあと、さだ女がわたしに聞いた。
「いまの男はん、銀行の人どすか」
きちんと行儀はいいし、さだ女が雷蔵君をそう見たのも無理はない。
「あれは市川寿海さんの養子ですよ、いまは映画役者になったけれど」
わたしが言うと、さだ女もいっぺんに雷蔵君に好意を持ったらしい。寿海さんは二代目左団次の高弟でもあったし、それも手伝っていただろう。
「ええ男はんどすなあ、映画には勿体ない」
さだ女は、映画の市川雷蔵はその後も観たことはないと思う。
「杏花」はさださんの没後、姪の松本政さんが引きうけて、九十歳を越したいまも、祇園の切通しにある店を守っている。
雷蔵君が、わたしの作品を映画化した中では、『ひとり狼』が一ばん印象に強い。もともと小説から自分でラジオドラマにし、そのあと先代松本幸四郎のために舞台化した作品だが、雷蔵君との最後の映画になった。もう病に冒されていたころで、旅にん姿で歩く雷蔵君の後姿に、なんとなく影のようなものが見えた。雷蔵君としても気に入った作品だったらしく、続編を作りたい、と言っていたが、それも空しくなった。
いまでも、『ひとり狼』の雷蔵はよかった、という人たちが多い。
ビデオももらって、しまってあるが観る気がしない。悲しくなる、と自分でもわかっているからだが。
去年、中村吉右衛門が歌舞伎座で「ひとり狼」を上演した。舞台稽古の最中、しきりに雷蔵君の俤が眼に浮かんできた。(村上元三、90年発行「サンデー毎日別冊 市川雷蔵」より)
ひとり狼 平井輝章
久しぶりの本格時代劇、という触れこみである。確かに、主人公市川雷蔵のいでたちは、寸分のスキもない、定法通りのやくざであるが、内容は、たとえば長谷川伸流の人情股旅映画などとはかなり趣きを異にし、きわめて個性の強い人間像を描こうとする。焦点をはっきりとそこにすえている。
やくざ渡世のしきたりというものが、初めにこまごまと出る。飯はこうして食うべし、寝るときはこうすべし。しかし、そういうディテールは、ただ考証的に“本格”であろうとして取り入れられたものではない。
人斬りの伊三蔵と異名をとったほどの男である。彼は、卓抜した人斬りの技術と、やくざ渡世の掟におのれを埋没させ、それ以外の、あらゆる人間的感情を抹殺し拒否した男であって、右のディテールは、そういう意味の表現のために取り入れられているのである。おもしろい。
問題は、この男を描くに、孫八というもう一人のやくざの口を通じて語らせるという、いわば間接話法のスタイルをとった脚本にある。それは、旧来の時代劇からみてとにかく新鮮といえる手法であるし、感情におぼれぬ客観描写のための手法でもあったのだろうが、結果的にみて、これには疑問を持たざるをえない。
その最大の弱点は、伊三蔵の回想場面に現われた。彼とても最初からそんな人間ではなかった。むしろ人並み以上の情熱と純真さにみちた青年であった。それが主家の娘と愛しあい、彼女にも理由があったにせよ、結局“裏切られ”た。しかし、そういう過去までは孫八の知るところではない。
従ってここは映画も孫八の語りを離れて、伊三蔵自身の回想として描いているのだが、もしふつうの、いわば直接話法をとっていたら、まずこの混乱が救われた。
そして第二に、純情な下男から非情な筋金入りのやくざに至る発展の過程も描くことができた。しかしこの映画では、その間が完全に飛躍してしまった。それが演出に大きな影響を及ぼした。
伊三蔵の発展を具体的に追うすべを奪われたため、演出は彼の孤独なり非情なりをもっぱら形で決めようとする。初めから描くべき像が与えられているのであって、人間追及の結果おのずと表現されてくるものではない、というところに大きな難点が見られる。
やくざにも正義は必要だという孫八と、やくざにはそんなものはいらぬ、しょせんけだものの殺しあいだ、という伊三蔵が真っ向から対立するシーンなどは、かなりの迫力があるのだが、伊三蔵をそこまでにした体験(彼はそれを「闇のくらさ、おそろしさは、自分の足で歩いてみなきゃ分らねえ」という)が、つまりさっきからいっている発展の途中の段階が一つでも描かれていたら、このシーンはもっと説得力をもちえただろう。その凄惨な地獄を描くことによって、映画は芸術的に大きく飛躍しただろうと惜しまれた。
興行価値 久方ぶりの本格的股旅ものである。市川雷蔵も寸分のスキもないやくざを好演し、宣伝いかんでは興行価値80%。(キネマ旬報より)
モチーフが中途で埋没
雷蔵のまた旅もの
市川雷蔵のまた(股)旅ものである。追分の伊三蔵(雷蔵)は一匹オオカミの旅やくざで、親分もなければ子分もない。サイコロを振らせるとだれにも負けないし、腕がたつから、助っ人としてあちこちの親分衆から重宝がられる。いつもねらわれているきびしさからだが、人を寄せつけない冷たさも、もちろん持っている。
プロ意識に徹した者の姿を描こうというのは、このところ好んで使われるモチーフである。この映画でも、自分の腕をあくまで信じ、人情にからまれることを極端にきらう主人公の人物設定に、同じような製作意図が強く感じられる。
ところがこの映画は、木曽福島の宿はずれで初恋の由乃(小川真由美)に会うあたりから、一匹オオカミの調子が狂ってきて、いつしか見失われてしまう。伊三蔵は由乃のために仕送りを続けていたのである。由乃は主家のひとり娘。若党だった伊三蔵との恋が身分違いで許されず、身ごもっている最中に、伊三蔵に去られる。だから、不遇な由乃のために伊三蔵が仕送りをするのは、あるいは当然かもしれない。しかし、一つ女に凝らず、人情にからまれない人斬り伊三蔵にしてみれば情けない精神分裂であろう。
さらに、久しぶりで会った由乃に、どうして堅気になって迎えにきてくれなかったかとなじられ、愚痴っぽく弁解するにいたっては、もはや完全なイメージ・ダウンである。物語は上松の孫八(長門勇)というやくざの回想から展開されるが、いろりを囲んで静かに語る長門にはふんい気があって快調な出足だ。それだけに、モチーフの中途埋没が惜しまれる。( I ) (中日新聞夕刊 4/01/68 より)
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この村上さんの小説は、発表当時から、私は何度か会社へ提案したが、股旅ものとして暗い、という理由でそのつど否決された。
やくざの旅人の、本来の孤独性、修行のきびしさ渡世人として、その身に負わされた業苦、宿命などが通例の人情的な股旅ものとはちがい、にがさ、からさを含んでいた。私は、そこに新しさを見たのだが、数年目には雷蔵が見つけ出して、ぜひやりたいと希望したので実現した。
それだけに脚本に対しても、雷蔵は自分のイメージを実現するために珍しくいろいろと注文をつけた。直居さんも苦労した。最終稿が出来上がって、池広監督と雷蔵に届け、私は、ぐったりして外に出ると、直居さんはのまないが、失礼して、自分だけ酒をのんだ。その留守中に雷蔵が電話をくれた。脚本の出来に満足した、ということだった。
雷蔵の熱意と池広監督の的確な演出で、格調も正しく、真実味のある渡世人の姿を浮き彫りにした。村上さんにも満足していただき、ほめてもらったが、さて興行成績はおもわしいものでなく、残念だった。( 辻久一 ノーベル書房刊 出演作品とその解説「侍 市川雷蔵その人と芸」より)
一宿一飯の恩義の作法
股旅映画に出てくるやくざは、旅をして同業の親分の家で仁義を切れば食事と宿にありつける。いわゆる一宿一飯の恩義だが、ケンカの助っ人を頼まれても断りきれず、命をかけるはめになることもあるのは、ご存じの通り。
「ひとり狼」(68年)には、一宿一飯の恩義を得た場合の食事の作法が描かれている。中年のやくざとその弟分(長門勇、長谷川明夫)は、ある親分の家で同業者と宿を共にする。そうとは知らないが、彼は人斬りの伊三蔵(市川雷蔵)という有名な人物である。
夕食には飯と汁と焼き魚が供される。三人がご飯を二杯ずつ食べると飯櫃が空になる。二人組みの弟分が「お代わりをもらってきましょうか」と言うと、兄貴分が「一宿一飯の旅人は一汁一菜、飯は二杯と決まったもんだ」とたしなめる。
黙々と食べ続けていた伊三蔵は、食べ終えると、残った魚の骨を懐紙にはさんで懐にしまい、空になった皿の上に汁椀と飯茶碗を重ね、奥に向って「ごちそうさまでした」とあいさつする。その礼儀正しさには、弟分をたしなめたばかりの兄貴分ですら感銘を受けるのだった。( 渡辺武信、「日本経済新聞」より )
今週の一本
| 「伊三がつけば喧嘩は勝つ。サイコロのにらみにかけても神業だ」「足も速いぜ。まるで獣だ」「ひとつところに三日といない。ひとりの女には凝らない」−『ひとり狼』の狂言まわしをつとめる上松の孫八という渡世人の口を借りて、人斬り伊三の横顔はこう語られる。伊三も自らを語る。「男気とか心意気とかは、てめえの覚悟だ。売り物でも看板でもない」「ひとりも味方もいねえ俺が、だれにもたよらず生きていくには、この渡世しかなかったんだ」
なんだか、自己陶酔的なおしゃべりが撒き散らされる股旅ハードボイルドか−などと早とちりしてはいけない。普通ならば歯の浮くようなこうしたせりふも、この映画に限っては、野面を渡る風のように、まっすぐ耳に飛び込んでくる。まあ、なかにはちょつと困った言揚げもないでもないのだが、なにしろ主人公を演じるのが雷蔵だ。それも、この一年後に早すぎる死を迎える三十六歳の雷蔵。 監督の池広一夫は、長まわしの超ロングショットや固定撮影を多用して、非情なまでに性根の据わったヒーローの現在と過去をじっくりとあぶりだす。 それにしても、この映画の雷蔵は凄絶だ。すぐれない体調を隠すためか、彼はいつもより濃いドーランを顔に塗り、腹の底から声を絞り出す。その姿は、主人公の境遇と重なって痛切きわまりない。お話といえばお話にすぎない映画だが、画面に刻まれた肉体と、そこから立ちのぼる情感は見る者の胸を打つ。(映画評論家 芝山 幹郎) |
▼ 解 説 ▼
「ひとり狼」は、村上元三の名作小説に取材した本格的股旅時代劇です。原作発表当時(昭和31年)から、各社で映画化の話がありながら、原作者が「在来の股旅映画にしてほしくない」と承諾を保留し続けてきたほどの愛着ある作品で、舞台劇(松本幸四郎)、放送劇(宇野重吉、森雅之)も自ら脚色の筆をとったくらいですから、はじめて映画になるこんどの「ひとり狼」には、期待していいものがありましょう。
この映画では、原作と同じように、孫八というやくざの回想形式で、物語を展開して行くものですが、これこそ本物のやくざと呼ぶにふさわしい男、追分の伊三蔵の颯爽たる姿と、そのきびしい人生は、現代人をも感動させるものがあります。
シナリオ(直居欽哉)は、完成までに五回も稿を改めて満足に近いものとなり、この作品に注がれる池広一夫監督、主演者市川雷蔵をはじめとしたスタッフの意欲も、近来になく高まっています。
キャストもまた、雷蔵をめぐって、長門勇、小川真由美、長谷川明男、岩崎加根子、小池朝雄、丹阿弥谷津子、遠藤辰雄、新田昌玄らをはじめとした芸達者を揃えて固めた豪華な配役陣となっています。
やくざ稼業のきびしさに、人の情けを忘れてしまったような冷徹さを持つ、筋金入りの旅にん、絶えず誰かに狙われているという覚悟で、一つところに三日と居たことがない、一つ女に凝らない、というのが身上の、親分なしの子分なし。誰も寄せつけようとしない、一匹狼そのままの男を演じて、日本映画界にその比類を見ない、市川雷蔵の颯爽としたやくざぶりは、時代劇ファンの渇をいやしてあまりあるものがあります。
池広監督は撮影に当ってこういっています。「現代的にいえば、プロ意識に徹することのきびしさ、むずかしさを、この主人公の颯爽たる人生の中に描いて行きたい」
なお、この映画の主題歌が、ウイリー・沖山の歌で大映レコードから近く発売され、映画の中にも流れることになっています。( 公開当時のプレスシートより )
(「大映グラフ」68年5月号より)
ひとり狼 唄:ウイリ−・沖山
作詩:嵯峨野竜 作曲:曽根幸明 編曲:池田孝
木曾の盆歌 流れる宵に
恋を捨てたも 男の意地よ
今じゃ名うての サイコロ無宿
ひとり狼 どこへ行く
浅間三筋の 煙でさへも
風に吹かれりや 木曾路へなびく
まして 古里 あの唄聞けば
遠い面影 ほのぼのと
ふたつ並んだ おしどり星に
かけた願いも 御嶽しぐれ
人斬り伊三蔵 情けは知らぬ
木曾のかけ橋 いそぎ旅
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
伊三蔵恋しぐれ 唄:ウイリ−・沖山
作詩:嵯峨野竜 作曲:曽根幸明 編曲:池田孝
身分違いが縁(えにし)の切れ目
やくざ渡世にからだをはって
いつかあだなも情なし鴉
あおい月夜に泣く子を抱いた
母のうたごえ身にしみる
捨てた故郷よ木曾谷恋し
切るに切られぬ夫婦(めおと)のなさけ
風にたのんでことづけしよか
赤い夕やけ雲間に消えて
男泣かせの雨がふる
風に吹かれる親なしすずめ
すずめいとしやわが子の姿
思い浮かべりゃ思いはつのる
西へ流れるたそがれ雲に
つつむ涙は誰のもの
▼梗概▼
上松の孫八が“人斬り”の異名をとる追分の伊三蔵に初めて出会ったのは信州塩尻峠であった。上州坂本宿で伊三蔵と再会した孫八は、木曾福島へ金を届けるよう伊三蔵から頼まれる。伊三蔵には、恩人の娘・由乃と身分違いの恋に落ち、その許婚であった侍・平沢清市郎を斬りつけた過去があった。それ以来、伊三蔵は渡世人に身を落とし各地を流離いながら、人づてに由乃に金を送り続けていたのだ。
その後、やくざの出入りの助っ人を頼まれ木曾に戻った伊三蔵は、息子の由乃助を連れた由乃と再会する。一方、伊三蔵が木曾に舞い戻ったことを知った平沢は、由乃親子を人質に伊三蔵に迫った・・・。

長谷川伸の門下で長編『次郎長三国志』『風流さんど笠』等、股旅ものに秀作が多い村上元三は、短編でも絶妙の手腕を発揮している。
『ひとり狼』は、博打打くずれの茶店の親爺が、明治の御世になってから、かって交渉を持ったことがある孤独な渡世人・伊三蔵を回想するという形式が取られている。
語り口のうまさはいうまでもなく、この凄まじいまでの絶望を抱いて生きる主人公の造形は他に比類がない程の出来映えで、ここに長谷川伸作品からはじまり、やがて笹沢左保作品へと至るアウトローの疎外感をテーマにした股旅ものの研ぎすまされた一つの到達点を見る思いがする。
また、この作品は、大映で映画化され、若くして死去した市川雷蔵の晩年の代表作であったことをも付記しておきたい。( 縄田一男 新潮社「時代小説の楽しみB 関八州の旅がらす」の編者解説より)
新潮社刊「時代小説の楽しみB 関八州の旅がらす」で読める。(文庫も刊行されている)
詳細はシリーズ映画、その他のシリーズの『股旅もののヒーローたち』参照
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