【京都発】「ヨーイッ、スタート」渡辺邦男監督の張りのある声が第二ステージ一杯に響き渡る。二十五日、大映春の大作『忠臣蔵』が"松の廊下"からクランク・インした、
このところ不振続きの大映だけに、九十六名の大キャストを組んで不振を一挙にばん回しようと、首脳陣の渡辺監督に寄せる期待は大きい。二十一年ぶりに大映京都でメガホンをとる同監督は、東映や新東宝におけると同様、大映の"救世主"たり得るだろうか・・・。
誰にも判るものに
渡辺監督の話
渡辺監督は演出の抱負をこう語る。
「誰にでも判る『忠臣蔵』に仕上げるつもりだ。ブルー・リボン賞で大衆賞をもらったので、どうしてももうける映画にしなければならない。義士たちが吉良を討つまでの苦労を描くことによって、観客に"よくやった"と思わせるような演出をしたい」
午前九時にセット入りした渡辺監督は、"松の廊下"の豪華さにまずびっくり。四百坪の第二ステージ一杯に組立てられたこのセットは、総工費二百万円の豪華なもの。全長三十四間、幅二間に三尺の切妻、彫刻のランマ三十八とすべてが真新しくつくられたもの。
「驚いたネ、こんな立派なセットで仕事をするのは初めてだ。いままでの長屋住いから御殿に来たみたいだよ」と渡辺監督は両腕を組んでしばし思案顔。というのは前日予定していたコンテが、豪華なセットのおかげですっかり狂ってしまったからだ。
午前中に17カット
長谷川一夫にも入念な注文
九時半クランク・イン。松の廊下で浅野内匠頭(市川雷蔵)が吉良上野介(滝沢修)に儀式の作法を教えてくれと懇願するところからはじまる。テストわずか二回で本番OK。
「新東宝と比べ、役者がそろっているから楽だネ」とご満悦の渡辺監督だが、スタッフ連中は目を白黒させる。"もうワンカットが終ったのか"と物足りなさそう。早撮りとは聞いていても、これまで故溝口健二、衣笠貞之助ら凝り性の監督といっしょに仕事をしてきた連中としては当然なことだろう。それだけに早撮りになれぬスタッフは転手古まい。体を休める間もなく飛び回る。落着いているのは渡辺監督と、同姓の渡辺カメラマンだけという有り様。またたく間に四カットを撮り終える。タバコに火をつけ一息入れた監督が、横にいるスクリプターに、「いま何時?」とたずねる。「十時半です」 「ほう、時計が止まっているんじゃないか」自分でもちょっと早撮りに驚いた様子で、冗談をいう。ライティング待ちの間、渡辺監督は時間がもったいないといった表情でたいくつそう。
そこへ、大石内蔵助にふんする長谷川一夫が、『江戸っ子祭』の一心太助のふん装で姿をみせると、監督は長谷川の側にかけより、「そのままのメーキャップで大石をやって下さいよ。女間者おるい(京マチ子)が、大石の美男ぶりにホレるんですからね」。戦後、初めて長谷川一夫と組む渡辺監督はしきりに念を押す。
ところで市川雷蔵 、滝沢修は九時から松の廊下に立ちっぱなし。イスに腰をかけるヒマさえ与えぬほどのスピーディーな演出ぶりなのだ。二、三言注意を与えテスト、そして本番。ともに一回ずつ。午前中に十七カットも撮り終えてしまったのだから製作部はご満悦だ。
一方、宣伝部はてんやわんや。スナップを撮ろうとしても、いつもの調子でやっては撮り逃がしてしまうので、スナップ・マンは監督のまわりを人工衛星のようにグルグル回っている。二十年ぶりに渡辺監督と顔を合せた滝沢修も、「三年ほど前の松竹の『忠臣蔵』の時は初日に"松の廊下"を撮り、二日目に切りつけられたものだが、初日から切られるなんて初めてですよ」と驚いている。
(スポーツ報知 01/27/58) |