市川雷蔵に逢ったとたん、こりァおそるべき天邪鬼だ!と思った。今までに彼と出あったことは、たった二度、今度が三度目である。とくに前の前で、こうしてインタビューしたのははじめてだし、その上まるでぼくらの若い次代の、ちょうど旧制高等学校の暴れん坊みたいな風貌だし、とくにニキビなども少しばかり出していたし、まったく親しみやすい感じがしていた、という、こっち側に気持の油断があり過ぎた、という条件もいあったからだろう。
「いままでに主演したもののうちで何が一番気に入った作品だったの?」と、ごく常識的那質問をしたところが、矢庭に、「ぜんぜん、一本もありません」と返事されたからだ。これには少々おどろいた。
だが、この答えは、おそらく当然なことだろう。自分のやったもので、自分の気に入ったものなど懸命に生き、伸びてゆこうとしている若者たちにとって、ある道理があるまい。云わば、一作々々は蝉のぬけ殻のようなもので、それらについて、良し悪しは云いたくもないにちがいない。
「・・・そりゃァ、モノによっちゃ一歩前進したナ、と思われるものもあったし、二歩ばかり進んだかナ、と考えられるようなものもありました。しかし、そのかわり、二歩も三歩も退歩したような映画がつづくと、まったくいやんなっちゃう・・・こんなことで、役者やってて、何になるか、・・・しかも、そんなものは、自分の選んだ道じゃない。自分の選んだものなら、自分を責めて、次はこんなことはしないぞと覚悟をきめることができるでしょう。ところが渡したちの責任じゃないんです。それが辛いんです」
彼の言葉を聞いていると、彼が俳優には珍しい、いわゆる内攻性格だ、ということがわかる。何に就いても、まず第一に自分を責めてみるのだ。 |