「やりたい役より、まず、やりたくない役を云いましょうか。それは二枚目です」とニヤリとした。
彼はときどき、このニヤリとした云い方をする。これが、とても板についているから奇妙だ。これまた関西人には珍しいシニシズムである。シニシズムとはどう説明していいかわからないが、俗に皮肉とか冷笑、とか云っていいだろう。これの、もっと底深いものだ。京・大阪方面でよく「云いたいこと云い」という言葉がある。標準語に改め難い内容だが、彼はまさしく典型的イイタイコイイである。 「いや、二枚目はやりたいなんて云わなくともやらされますからねえ・・・誤解のないように云っときますけど」と、もう一度ニヤリとしてみせた。 「現代劇はこれ一本?」「いや、私のできるようなものでしたら、何本でもやりたいんです。ドストエフスキーのものや、ゴーゴリーのものやりたい、なんて云うとキザに聞こえますか」 こうなると、手がつけられないから、この質問はひっこめることにした。 対談が終って外に出ると、京都の夏の陽がギラギラ照っている。何とも盆地の夏は耐え難い。 セットに行くと『鬼火燈篭』で長谷川一夫だ大勢のやくざ者にとりかこまれたシーンをやっている。久しぶりに、長さんと話をした。また撮影で、こっちは見学していた。すると、傍らに人がきて、「やア・・・」と挨拶する。みると、水もしたたる美しい若侍が立っていた。市川雷蔵である。と、なんという変り方だろう。と、彼はちょっと撮影をみていたが、 「スタアってものはいいですなア、いくら悪人バラに取りかこまれたって死なない・・・」てなことを云いながら、さっと出て行ってしまった。ぼくと加藤編集長は、あきれて彼のうしろ姿を見送った。彼はスタアじゃなくて、何者だろう!とお互いに顔を見合わせて大笑いした。 「いや、たしかに、云いたいこと云いにちがいない」とぼくらは決めたことである。
スタアってのはいいですねえ、強いから |