炎天下のオープンセット

林成年、久我美子、市川雷蔵さん

 『新・平家物語』の企画当初から号を重ねるごとにその外貌を伝えて来た本誌は、今月はオープンセットに取り組む撮影の模様をお知らせ致しましょう。

 この作品は“社運を賭けた一作”とまで云われているだけに宣伝部も大変な力の入れ方です。東京から招いた各雑誌のキャメラマンや記者達が宣伝部でばったり顔を合せ、「暑いのにお互様、ご苦労さんですね」「これも『新・平家』ならではですよ」の挨拶が交換される。

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 「暑いのにすまんですなあ、今日はオープンセットなんですよ」と案内の宣伝部さんが云う。「冷房完備のセットかと思っていた。残念ざんす」と他社のキャメラマンがおどけて笑う。裏門を通って現場に到着する迄のわずかの間にワイシャツはすでに汗でぐっしょり。

 この日のオープンセットは穀倉院の家主・時忠(石黒達也)のもとへ手紙をとどける様父忠盛(大矢市次郎)に頼まれた清盛(市川雷蔵)が、初めて時子(久我美子)に出会うという場面。生計を補うために糸を染め、機を織って働く時子に扮する久我ちゃんの手先は薄黄色く染め粉のしみがついたままである。小川で染糸を洗う場面のテストが何回か繰り返される。時子の妹になる滋子(中村玉緒)も姉の手だすけをしている。そこへ清盛が入って来るのであるが、テスト、テストを繰り返しているうちについに昼食の時間になってしまった。やけつく様な直射日光をさえぎる何物もなくして二時間、立ちっぱなしだったのがたたってやたらと水ばかりのみたくなる。

浴衣を着て次のカットの練習をする雷蔵さんと久我さん

 一時開始のベルに再び現場に向うと小川の感じが午前中のそれとはだいぶ違っている。水を全部出して、川底を綺麗に掃除し、大きな水がめの様なものをうめ、縁が水面すれすれに出て、その中心から地下水が湧き出ている感じに作り変えたらしい。変えた場所で又リハーサルが行われる。溝口監督はだまって見ているが、一通り台詞と動作が終ると、すっと椅子から離れて、「今の芝居少し違う。君の歩き方こっちからこう動いて」と細かい指導をつける。溝口監督の片腕として活躍している宮川一夫キャメラマンもキャメラをのぞいてその一挙一動を見守っている。

 青年清盛を大きく描き出している第一部の成果を決定するポイントは何といっても主人公清盛に扮する雷蔵さんの双肩にかかっていると云えよう。それだけに御当人はもち論のこと、監督を始めスタッフ全員が“雷蔵さん頑張れ”と心からの声援をおくっている様子がよく伺われます。

 凝り性以上の粘り強さは史実に忠実な作品をと云う溝口監督の意欲の現れに他ならないのでしょうが、この日のオープンセットは遂に監督のOKとならず、一度も本番の声を聞かずに中止となってしまいました。