雷蔵さんのその動きを注意深く目を注いでいた監督が、「じゃもう一度、やってみよう」と、声をかける。すると、雷蔵さんはセットの門の外へ姿を消した。
やがてつかつかと門を入って来た雷蔵さんの清盛は、初めて時信の舘を訪れたために、時子の染糸を濯いでいる姿を見て、婢女と思い違え、「あるじ殿は御在宅か?」と、横柄な口調で訊いてしまう。
「はい・・・あなたさまは」と、久我さんの時子は清盛のそんな態度を少しも気にかける様子もなく気軽に答える。殿上人のお姫様として育ったにもかかわらず、生活の苦労をしつくしたためか、少しも気位の高いところがない、その時子を演ずる久我さんは、なかなかの熱演で、いかにも適役という感じをうける。
「今出川の平忠盛から、嫡子の平太が使いに来たと取り次いでくれ」と、一方の雷蔵さんは武家育ちの気性の荒さを丸出しである。
雷蔵さんがこの清盛のように、どちらかと云えば荒々しい役を演ずるのは珍しいことなのだが、清盛という大役に抜擢されて張切る雷蔵さんは、原作者の吉川英治氏にも会って、熱心に役柄の研究をつんでいるためもあって、いかにも溌剌たる青年清盛を見事に演じている。
「かしこまりました」と、時子が去ろうとすると、清盛は、染め糸に目をつけ、「美しいな、これで着る物をつくるのか、さすがに殿上人は贅沢なものだな」と、無骨振りを丸出しにして、目を丸くして感心する。
それを見て時子の久我さんが、やさしく微笑みながら、「お気に入りましたら、縫ってさし上げてもよろしゅうございますよ」と云う。
「ほんとうに縫ってくれるのか、一つあるじ殿にお願いしてみよう」と、嬉しそうに云って美しい時子を見やる清盛を、「さ、あちらへ、どうぞ」と、時子は釣殿の方へ案内して行く。と、ここまでのシーンである。
久我さんも、雷蔵さんも、少しもトチらずにスムーズにやりとりが進行しているので、この分ならもう本番を廻してもいいのではないかとはた目には感じられたのだが、溝口監督は染糸を濯ぐ池の水が汚いから、今まで入っている水を全部かい出して、新しい水と取りかえるように命じた。天然色映画のために水の色までをいちいち気にしなくてはならないからである。
久我さんの手には、染料に染まったように黄色い染料が塗られている。水を全部取りかえるためには、これからまたかなりの時間を要することだろう。
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