市川雷蔵君は当代俳優の中でのホープである。私の原作は前に『又四郎喧嘩旅』、後に『桃太郎侍』の二本きりだが、その間に一年あまりの月日がたっていたと思う。そして『桃太郎侍』の試写を見た時、私は雷蔵君が非常に大きくなっているのを感じた。

 私は自分の原作物のほかはあまり映画を見ていないし、俳優の名も忘れてしまうほうなので、映画批評などということはできる柄ではないが、『桃太郎侍』の終りのほうに、雷蔵君一人二役で、桃太郎侍が若木家の若殿に初めて対面する場面がある。映画のこういう手法はもう常識になっていて、珍しくもなんともないが、しかし見るほうでは、一人の人間が同時に二人になって出てくるのだから、うあまく行くかなという好奇心と、そういうトリックになにか空々しさを感じ勝ちなものだ。

 その時も私はそれ出てきたなという気持で一瞬そんな空々しさを感じたが、たちまち雷蔵君の演技にひきこまれて、私はこの双子の初対面のシーンに文字通り目頭を熱くしていた。後日雷蔵君に逢った時その話をすると、あれを撮る時の苦心、心がまえをくわしく話してくれたが、その道にうとい私には半分しかわからなかった。があのシーンの雷蔵君の熱のこもった演技だけは、今でもはっきりと瞼に残っている。

 それともう一つ、最後の伊賀半九郎(河津清三郎)このタテがとてもよかった。あれだけ迫力のあるタテは、かなりある私の原作物の中でも白眉だと私は思っている。

 雷蔵君と話していると、ほとんど映画の話以外には出ない、全く芸の無視という感が深い。そして芸の虫はやりたいこともたくさんあるようだ、また大きな野心を持っているようだ。

 私は雷蔵君の大成を心から期待しているファンの一人である。

(筆者は作家)

(よ志哉6号より)