兄弟役で共演しましょう
市川雷蔵・橋幸夫
本番の声に無我夢中です
雷蔵 橋クンも映画の仕事に大分馴れてきたようだね。
橋 おかげさまでこんどはうんと勉強になりました。
雷蔵 映画というのは、ステージと違って機械を通しての演技だからね。やはりそのことを早くのみこむことだよ。
橋 雷蔵さんにはすっかりお世話になっちゃって・・・。こんどは三本目で何とかカメラにも馴れてきたし、始めのころのようにあがらなくなりました。
雷蔵 何万人の人を国際劇場に集めてワンマンショーをやった人が、あがるということもあるんですか(笑)
橋 年中あがりっぱなしですよ。それに本番といわれてカメラがジーッと回り出すと、何を言ってるのか自分でもさっぱりわからなくって・・・
雷蔵 みんな初めはそうだよ。でも君はなかなかカメラ度胸があるというスタッフの評判だから、まだましの方だよ。
橋 恐れいります。
雷蔵 ぼくなんかでもデビューの「花の白虎隊」で生まれて初めてカメラの前に立った時は、ちょうど二条城のロケから撮影が始まったんだけれど、今までの舞台と違って地面の上に立って芝居をしなければいけないということで、すごく地面が硬いと感じたのを、今でも憶えている。やはり勝手が違うのであがっていたんだね。(笑)
橋 雷蔵さんでもそんなことあったんですか。
雷蔵 そりゃそうだよ。芝居の間の取り方が何となくわかってきたのが十本目ぐらいかな。このマというやつをのみこむことがまず肝心だな。
橋 まだマどころじゃないですよ。セリフをしゃべるのがやっとこさ。セリフひばかり気をとられていると動きの方を忘れちゃうし、動きの方ばかり考えているとセリフがどこかへ行っちゃって・・・だから俺はマ抜けなのかな(笑)
雷蔵 ハッハッ、しかしそれはしばらくすればわかってくるよ。でも、お芝居のマというのは、これ一つでうまくも見えれば、下手にも見える。このマの取り方は何年たっても難しいものだよ。それともう一つは、カメラがいま自分のどこのあたりをとらえているのか、ということも早くわかるようになる必要がある。それによっていろいろ違ってくるわけだ。
橋 カメラから自分の位置までの距離によって、大体はこれくらいの大きさで写っているな、というぐらいは一応考えているんですけど・・・。
雷蔵 そう、距離と角度で大体はわかるんだが、レンズの長さによってまた変わってくることもある。
橋 ホウ・・・。
ボクシングと殺陣の共通点
雷蔵 それからもう一つだけ言いたいのは、この世界でいうメリハリということ。セリフもただなんとなく棒読みにしていたのでは味がない。やはり芝居に合わせて抑揚をつけたり、強弱を加えてしゃべるということね。また、セリフによって体の動かし方に節度をつけるということ。ただダラダラやってたのではうまく写らないんだよ。こんなことが、最初に言った映画は機械を通してのお芝居だということで、やはり肉眼で見たのとは違うわけだ。
橋 それは、やはり違いね。自分はこうしたつもりが、ラッシュを見るとゼンゼンなっちゃいない(笑)
雷蔵 だからといって、それを余り意識すぎるとまたそれもいけない。そのところが映画の難しさ、つまりメカニズムの難しさということになる。
橋 テレビなんかは何台もカメラが並んでいて、どのカメラの分がいま写っているのかわからないから、何も考えないことにしてるんです。
雷蔵 そうでしょうね。何だか先生がお説教でもするような話になってしまって・・・(笑)
橋 おかげさんでいろいろと勉強になりました。
雷蔵 橋君はボクシングをやってたそうだから立廻りも初めてにしてはずいぶんうまいね。殺陣師の宮内さんが感心していたよ。
橋 すごく面白いんです。立廻り大好きです。
雷蔵 やはり一種のスポーツみたいなものだから運動神経が発達している人はすぐ上達するもんだよ。それにしても今度は大暴れだね。
橋 この間の饗庭野ロケでは、一日で三十人ぐらい斬ったんだけどゼンゼン愉快でしたよ。
雷蔵 ぼくもあの時は百人ぐらい斬ったかな。久し振りに気持のいい立廻りだった。
橋 映画に出てこんど初めて立廻りをやらせてくてたんですよ。前の『潮来笠』や『木曾節三度笠』のときはむずむずしてたけど、ついに一度も刀を抜かせてもらえなくて・・・
雷蔵 それは残念でしたね。やはり時代劇に出たからには、こいつをやらないと体にわるいよ。(笑)
橋 あの日もロケから帰って、また夜間のセットがあったけれど、森(一生監督)は疲れただろうから早く止めようか・・・といってくれたんです。ところがこっちは疲れるどころかますます爽快なもんだから、“今晩また立廻りやりませんか”っていったら“こいつ”って叱られちゃった(笑)
雷蔵 残念ながら、その晩は生憎立廻りがなかったってわけだなあ(笑)
橋 そうなんです。旅館の部屋かなんかで雷蔵さんと一緒だったあの晩。ところが、翌日は盆踊りでうたっているところへ“ソレ喧嘩だ”ってんで、またセットで立廻り。だんだん油がのってきたというわけです。もう二、三日やりたかったですね。
雷蔵 それはまた次の『喧嘩富士』でやればいいよ(笑)
大受けのショーの立廻り
橋 ・・・で、雷蔵さんから貰った刀、あれでうちへ帰ってから兄貴と一ちょうやりますかな。ああ、あの刀、本当にありがとうございました。貰った時はうれしくてしょうがなかったんです。
雷蔵 せっかく橋君が国際の檜舞台でワンマンショーを開くというんだから、ただ花束をことづけただけでは面白くないから、何かないかなと考えたんだよ。そしたら歌だけでなく舞台で立廻りをするというから、それじゃ小道具用の刀を思いついてね。
橋 それはどうもホントにありがとうございました。
雷蔵 君はジャンパーも真っ赤なのを着ていたし、大体がアカが好きだと聞いていたので朱ザヤの派手なやつを選んだってわけさ。
橋 そこまで考えていただいて申しわけない。ところでね、あの刀頂いてその場でさし、そのあとのショーの立廻りで、“こいつはいま、京都の雷蔵さんからいただいたばかりだからよく切れるぞ、さァこい”ってやったら、こいつがゼンゼン受けちゃって・・・(笑)
雷蔵 ハッハッハ、それはよかった。それは面白かったね。
橋 おかげさまで一週間で刃がボロボロになっちゃいましたよ。
雷蔵 それは心配いらない。タケミツだから銀紙をはりかえさえすればまた新しくなるよ・・・
橋 では淋しいけど、こんど東京へ帰るときまで大映病院に入院(?)させておきますからよろしく(笑)
今度の共演は兄弟もので・・・
雷蔵 ところで、橋クンはやっぱりこのまま映画を続けて行くつもり?
橋 はい、そりゃ、やりかけたことは途中で止めたくないから、やりたいです。
雷蔵 君は現代劇もやりたいっていってるそうだけど、どんなものがやりたいの。
橋 ボクシングを少しやっていたから、何か、拳闘映画のようなもの。学生の拳闘部員なんか最高だな。
雷蔵 ナルホド。でも柔道映画とか拳闘映画というものは、日本でやる場合はほとんどストーリーがみんな同じでね。結果最後は試合で打ち合うというだけで、話の発展が余りなくて、どれもこれも型通りになるおそれがある。やはりいいホンを書いてもらうことだね。
橋 でもそれはユメですよ。大体僕は着物きて民謡調の歌謡曲をうたっているんですから時代劇がやっぱり柄に合っていますよ。
雷蔵 別にそういうことはないよ。ボクだって時代劇の俳優だけども、特殊なものならこれまでにも現代劇をやってきたし、また今後もいい企画があれば、どんどんやって行きたいと思っているぐらいだもの。
橋 二人で一緒にやれるようなものを考えて下さい(笑)
雷蔵 ボクが兄貴で、君が弟というような兄弟ものを一本やりますかな(笑)
橋 ダンゼンいいですね。
雷蔵 それには一本腹案があるんだけどまだ君に話すのは早いかな(笑)
橋 そんなに気をもたせないで、いって下さいよ。
雷蔵 ちょっと考えてみたんだけど、ボクが長男で、本郷功次郎クンが次男、それに君が末っ子っていうのはどうだい。宣伝文句が“兄は剣道、弟は柔道、末の弟はボクシング”っていうのはいかすだろう。
橋 それは面白い。ぜひやらせて下さいよ。ホントニですよ。
雷蔵 映画というのはとにかくこうやっていろいろ考えてみるこtも楽しいことの一つだね。もちろん橋クンには得意の歌をうたってもらって・・・。
橋 いくらでも歌いますから、ぜひそういうものを実現させて下さい。こいつは楽しいや。
“白虎隊”を企画したいナ
雷蔵 まだそう張切るのは早いよ。それよりも、もうそろそろ橋クン自身の主演のものを考えてもいい時期だけど・・・。
橋 何か会社でも考えてくれているらしいんですが、まだきまらなくて・・・。
雷蔵 何か新曲に合せて一本やればいいね。
橋 新曲は、近く“白虎隊”が出るんですが、これなんかどうですか。
雷蔵 それはちょうど十七歳の少年にはうってつけかもしれないね。ボクは今から六年前「花の白虎隊」でデビューしたんだけど、それは面白いんじゃないかな。
橋 ボクも大好きなんです。もう吹込み終ったんですが、六月発売ということです。
雷蔵 いまからやれば、タイミングもちょうどいいね。
橋 なるべく立廻りのたくさんあるやつがいいですね(笑)
雷蔵 えらい気に入ったもんだね立廻りが・・・(笑)森先生もこんど『おけさ唄えば』をやってみて、次は何か二人の兄弟ものを一本やってみたいっていってたけど・・・
橋 それ立廻りあるんですか(笑)
雷蔵 いや、それはわからないけど、そりゃやるだろう、時代劇だもの・・・(笑)君はノドもいいし、マスクもいいし、歌手としてだけではなくて立派な俳優にもなれる素質をもっているんだから、自分を大事にして、ぜひ役者として大成してもらいたいね。外国では歌も唄えるし、芝居もできるという人が多いが、君なんかはその第一号になれる人だと思うな。
橋 ひばりちゃんのようなぐあいに行きますかな。
雷蔵 あ、そうだ日本ではひばりちゃんがそうだし、外国ではフランク・シナトラとか、イブ・モンタンとかいろいろ先輩が大勢いるよ。
橋 そうなると有難いですが。
雷蔵 歌手で十年、二十年も第一線で生きて行く人はなかなか少ないが、映画は年をとるにつれてまた年季が入ってくるものだよ。そういういみで橋幸夫の名前を十年、二十年と大事にしようとすれば、やはりアルバイトで映画に出てるというつもりじゃなくて、歌と映画を同じ比重で両立させるような努力をすべきだと思うな。
橋 別にアルバイトのつもりじゃないんですが、何となく歌の方がさきだったから・・・。
雷蔵 映画のことは何でも聞いて下さい。ボクも君と共演しながら、君の若さにふれて、大いにオゾンを吸収しようと思っている。
橋 それはどうも・・・(笑)
雷蔵 おかげで随分若返ったような気がするね。この間も橋クンに刺激されて、皮の白い上衣を買ったよ(笑)。少し派手かなと思いながら、二、三回着てみた。
橋 あ、この間のやつですか、あれゼンゼンいかす。あれはいいなって姉さんとこの間もいっていたんですよ。
雷蔵 それはどうも有難う。
遊びにおいでと雷蔵さん!
橋 この間、雷蔵さんのおうちへお邪魔したんですけど、あんな大きなうちに雷蔵さんは独りですか。
雷蔵 家族はボクだけで、だれもいないけど女中さんや使用人などでなんとなくいつも五、六人いるよ。おやじが伏見の別の家にいるから、時々ヒマをみつけて遊びに行くことにしている以外、兄弟がいないから一人だよ。よかったらいつでも遊びにおしかけて下さい。
橋 一人ってことなんか考えられないな。ボクなんか九人兄弟の末っ子だもの、京都へきても姉さんと一緒さし・・・。
雷蔵 やはり兄弟のある人はうらやましいね。君たちキョウダイをみていると、なかなか仲がよさそうだけど。
橋 そうでもないですよ。時々喧嘩もしますし・・・。
雷蔵 旅館の住み心地はどうです?
橋 おかげさんで、雷蔵さんに紹介して頂いて、すっかりわがままばかりいってますよ。
雷蔵 そう、気に入ってくれたらいいけど、あそこはボクの親戚みたいなものだから精一杯わがままいっていいよ。
橋 夜なんかすごく静かです。何から何まで、お世話になっておかげで助かりました。
雷蔵 宿に帰ったら何している、退屈しない?
橋 それがゼンゼンなんです。撮影が忙しいうえに、何もないときは雑誌社の人がきて、何か仕事している(笑)
雷蔵 まそうだね。われわれのレジャー・タイムってのはまずない。
橋 もう夜ねるだけが楽しみ。情けないけど仕方ないス。
雷蔵 体をこわさないようにして、映画の仕事は睡眠不足が一番いけない。カメラは正直だから、すぐ翌日出るものね。
橋 この間、森先生から一日休養をあげるから、旅館から一歩も出ないようにって厳命され、久し振りに、一日宿にいましたが、やはり退屈しました。
雷蔵 そりゃ無理だよ。若いんだもの・・・。
橋 夕方、近くの南禅寺と平安神宮のあたりを散歩して、夜はテレビでボクシングをみてました。おかげで翌日はすごく調子がよかったようです。(笑)
雷蔵 ボクも出不精の方で、余り街に遊びに出ることもないね。ヒマがあれば映画をみるかがレジャー・タイムってわけだ。
橋 まあ当分はノー・レジャー・タイムってことですね。仕事のためならガマンします。
朝寝のためのメーキャップ勉強
雷蔵 でも橋クンは学校の方もあるし、ますます大へんだね。
橋 ハア、ボクも学校はちゃんと卒業したいし、この間も“国際”を終ったとたん京都へ来る前に追試験をうけてきました。
雷蔵 歌と映画の二足のワラジの上に、学校までかかえて、ちょっとしたスーパーマン的万能選手だね(笑)
橋 いや、やっぱり“落第三度笠”にはなりたくないですから・・・(笑)
雷蔵 仕事も大事だけど、君はまだ学生だから、勉強の方も一生けんめいやってもらわないとね。
橋 ハイ、でもこの一本、雷蔵さんとご一緒にお仕事して、何となく映画の方にも自信がついた様な気がします。
雷蔵 つぎはすぐ『喧嘩富士』だね。この間ちょっと勝っちゃんに会ったから、“こんど弟がお世話になりますから、よろしく”ってたのんでおいたよ。そうしたら向こうは向こうで“こちらこそ、このたびは弟がすっかりお世話になっております”ってやられた。向こうも兄貴のつもりでいるらしいよ(笑)
橋 九人兄弟のうえに兄貴が二人も一ぺんに出来ちゃって、ボクは仕合せだな(笑)
雷蔵 そのうちにメーキャップぐらいは自分でできるようになるだろう。何もかも他人まかせというのはよくないね。
橋 メーキャップぐらいは自分でやりたのですが、それが仲々できなくて・・・これが自分でできるようになると、朝少しぐらいはゆっくり出来るんですけど。人にやってもらうために、六時におきて七時半にはもう撮影所へ入っているんです。朝はねむくて・・・(笑)
雷蔵 六時とは大へんだね。そんなに早くまだダレも来ていないでしょう。
橋 十分位待つと係の人がきてくれますかが、セットの開始時間におくれると具合が悪いので、つい心配なものだから。
雷蔵 ほう、それは感心なもんだね。でも自分でやれるようになると、三十分位は朝寝出来そうだね。
橋 そいつは有難い。そのためにも早く自分でおぼえなきゃ。
雷蔵 では大いにガンバって下さい。
(別冊「近代映画」昭和36年5月下旬号より)