三島由紀夫

 −日本の演劇はいろんなセクションにわかれておりますが、外国では時代劇によし、現代劇によしというのが俳優の本道でありまして、雷蔵さんは映画という新しい媒体によりまして、時代劇、現代劇に最優秀の道を歩まれていることに、いつも尊敬しております。

 手前味噌になるかもしれませんが『炎上』における雷蔵さん、『薄桜記』における雷蔵さんが非常に好きでありまして、その芸風は非常に清らかで澄んでいて、一脈の悲劇味があるという、お父様の寿海丈の芸風を脈々と伝えているということがあるのです。

 ここらでスッパ抜きを致しますと、雷蔵さんが美しい恭子さんと御婚約直後とうけたまわっておりますが、恭子さんがお母様と京都へ雷蔵さんをお訪ねになった時のこと、お母様は気をきかせて、ちょっと席をはずされました。初めて雷蔵さんと二人で残された恭子さんは、ドキドキして何事が起るかと思っていると、雷蔵さんはやおら傍らの新聞を取って読み出したのであります。

 甚だ色気のない話とお思いでしょうが、私はそのエピソードを聞いて、非常に親しみを感じたんです。

 雷蔵さんも戦中派の一人であって、はにかみ多き古き日本男児の一人なんだなと。これは今のアプレにはわからない心境でしょう。新聞を読んでいる時の雷蔵さんのドキドキと、幸福感はほかのいかなる行動よりもありありと感じられたんです。

 また一つは、雷蔵さんの俳優としての着眼点であります。やはりこの場合、新聞でなければいけない。そばにあった週刊誌でも困るし、電話帳を読み出したらぶちこわしになる。その新聞という小道具の選択に非常に洗練された味わいがあり、御結婚後も朝食の席で新聞を読み「もう新聞およしなさいよ」(笑声)「まだ読んでる」(笑声)いずれ奥さんの発言権が強大になりまして、もはや奥さんの前で二度と新聞が読めなくなる、という事態が近々来るだろう、と私も経験上申し上げて、お祝いの言葉と致します。−

新婚旅行中に『炎上』のセットを訪問した三島由紀夫夫妻