優しさと虚無の匂い
-スター市川雷蔵の魅力-
いま、また市川雷蔵が“復活”してきたそうである。また、と書いたのは1969年、雷蔵が三十七歳の若さで癌に倒れた後、幾度か雷蔵の主演作が上映され、そのたびブームが起こったからだ。今回も昨年暮れに出た写真集「市川雷蔵」をきっかけに、主演作品の連続上映が企画され、とくに若い女性観客の関心を集めている。
雷蔵が私のところへ思いがけなく電話を寄越したのは四半世紀も前のことである。「こんど念願の新劇団をプロデュース、主演してみたいから、そのための戯曲を書かないか」という話である。当時私は戯曲も書き始めていて、その一作がたまたま岸田戯曲賞を頂き文学座で上演されていた。そのことを雷蔵はいつの間にやら知っていて、くだんの電話になった訳だ。雷蔵はプロデュース的才能があり、それは大映の首脳陣も認めていて、彼の代表作の何本かは雷蔵自身の企画になることは、既に知られている。まあ、企画を思いつくぐらいは他の俳優でもやるだろうが、彼の特色はそれを実行に移す、抜群の行動力だ。誰のところへでも電話を入れ、気軽に出掛けていき、忽ち雷蔵一流のとぼけた話術で相手をとり込んでしまう。
この不敵な行動力が二枚目の美男スター雷蔵の陰にひそみ、内面を複雑に充溢させて、その尋常でないエネルギーが現代の若者をも捉えるのだ。と私などは考えている。雷蔵の夢だった新劇団は、彼の命名で、戦闘の開始を意味する「鏑矢」と名づけられ、京都の裏寺町通りの寺で本読みを始めた二、三日後、腹痛を訴えて病院に行き、一度は小康を得たものの、帰らぬ人になって終った。
雷蔵の魅力は色々に分析されている。今回の上映にも入っている「眠狂四郎シリーズ」や「大菩薩峠」にみるニヒルな剣士、「炎上」「破戒」などの人間性の深奥を抉る文芸物、「陸軍中野学校」シリーズや「若親分」などの中間読物的な諸作、「濡れ髪三度笠」「切られ与三郎」などの軽妙洒脱な時代劇、といった路線のほかに「忍びの者」「ある殺し屋」「薄桜記」「歌行燈」等々、どのジャンルにも入らない力作があって、つまりは非常に多面性を備えたスターなのだが、敢て一、二の特性を考察すれば次のようになろうか。
“優しさ”と“酷薄”或いは虚無の匂いが微妙にない混ったアンビバレンツな色気。加えて戦後の混乱期を乗り切ってきた俳優・雷蔵のふてぶてしいまでの勁(つよ)さである。前者は「眠狂四郎」に代表される、優男だが慕い寄る女の情念はもとより、正邪の観念まで冷酷に突き放し、ひたすら自己目的に生きる無頼の混血児によく現されている。この、ロマンの生暖かさを斬って捨てる非情さは、或る痛快味を伴い、優しさはあるがなよなよした、モヤシ的現代青年しか知らない今の若い女性にはとりわけ新鮮に映じるのだろう。
後者の、混乱期を生きた人間のみが持つ、一種雑草のようなエネルギーも、実は前者と無縁ではない。それは雷蔵の生い立ちをみても分るし、つねに「合理性」を口にしていた俳優・雷蔵の物の考え方でも実証される。スターとして時めいてからも、広くないマンション暮らしに甘んじ、前に記した新劇団の結成などの際は惜しみなく金を使った。俳優は野心的な仕事さえすれば、住いなどどうでもいい、というのが信念だった。
素顔は普通のサラリーマンと区別のつかなかった庶民性のなかに、カメラは現在のただカッコいいだけの若い俳優にはない、観客を吸引する魅力をはっきり捉えている。屈折した放電値が高くなった雷蔵のもつ戦後世代のエネルギーを、いまの若い観客たちは案外敏感に察知しているのかもしれない。(5/16/1991「毎日新聞」夕刊より)