私は果報者
後援会の皆様、日々お変りなくお暮しでいらっしゃいますか、誌上を借りて皆様に、ごあいさつさせて戴けます事をうれしく思っております。
雷蔵さんのお力によって映画界に産ぶ声をあげ、その成長を見守られている私を“なんてすてきな果報者”とさぞかし、うらやましく思われる方が多いと思います。
本当にそうなのです。
それは、今年の一月も終りに近いある日のことでした。私は突然、桃割髪に木綿じまの着物を着せられて、市川崑先生の前に連れ出されたのです。そして隣に座っていらっしゃった雷蔵さんが、いつにない暖かいまなざしで迎えて下さいました。
『破戒』のお志保は、当時の私にとって到底叶えられるはずのない夢でした。“ああ、この方が立派な作品を発表なさっている崑監督だな”と思うだけだったその時の私は、雷蔵さんみずからの手で髪の前たぼの形を直して下さった事の方がより大きな感激で、その夜は、川崎の母たちにこの事ばかりを報告しておりました。
それまで朝夕のごあいさつ以外、一言も口を聞いたこともなく、ただ遠くから、“雷蔵さんていいな−、でもちょっと怖くて厳しそうな方だ”と思っていた私。その私が『破戒』のお志保決定の際、それが雷蔵さんの強い推薦だと知った時の驚きと喜びは、ファンの皆様なら、きっとお解りいただけると思います。雷蔵さんと『破戒』の思い出は数限りなく、一朝一夕に語り尽せるものではありません。それは私にとって、生涯の感激であり、新しい人生の出発を意味するからです。
いま、私は元気に楽しい俳優一年生として、その毎日を送っております。
雷蔵さんからは、俳優としても、人間としても、大いに学ぶべきところがあります。それらを全て吸収して、女優藤村志保に対する雷蔵さんの大きな、そして厳しい愛情を無にすることのないように歩んで行きたいと思っております。
どうぞ皆様、今後ともよろしくお導き下さいますように、心からおねがい申し上げます。
『破戒』(1962年)
(よ志哉31号より)