今年はどんな時代劇が作られるか -1960年の時代映画界展望-

大映カラーの確立を目標に -大映京都-

(市川雷蔵と本郷功次郎)

 今年の大映時代劇といえば、まず正月に『初春狸御殿』『二人の武蔵』『千姫御殿』が出たが、これらの作品に示された通り東映時代劇でも松竹時代劇でも新東宝時代劇でもない、理屈が多すぎる、話をひねりすぎて曖昧だと云われ事の好し悪しは別として大映カラーを如実に語ったレパートリーであった。だがここに大映時代劇の可能性と危険性を含んで、今年の作品の方向なり性格なりが指差されているともみえる。この三原色が色々と変化し発展して、全作品カラーによる30本と新たに加わった地方番組用(二番館封切作品)12本計42本が製作される。

 二月作品は、『風雲将棋谷』(脚本民門敏雄)と『濡れ髪喧嘩旅』(脚本八尋不二)である。前者は何度か映画化されている角田喜久雄の原作を勝新太郎と小林勝彦のコンビで田坂勝彦が監督する時代劇的時代劇であり、後者は市川雷蔵と川崎敬三という初顔合せの現代劇的時代劇で、大映時代劇が得意とする今日的な素材をコミカルに扱ったもので、監督は森一生である。

 三月作品は、長谷川一夫の『銭形平次捕物控・美人蜘蛛』がある。長谷川平次は十五ケ月振りの登場で、三木のり平、水谷良重らの新顔も加わる。監督は三隅研次、脚本は八尋不二である。もう一本は、去年市川雷蔵と本郷巧次郎と田中徳三監督のトリオで当った“三度笠シリーズ”を勝新太郎と小林勝彦と安田公義監督にバトンタッチした第三作『よさこい三度笠』である。

 なお四月には時代劇ではないが、山崎豊子の評判小説『ぼんち』が市川崑監督、市川雷蔵主演で映画化される。これも大映京都の特色の一つである。

 これらの作品に平行して今年は地方番組を強化するため月一本の娯楽版が作られる。これは若手のスタッフ陣、これまで各部門のチーフであった大映京撮の次代をになう人達によって作られる理屈抜きの活劇をめざしている。新進の若手がどこまでふんばるか、正篇のシワヨセが来るか来ないか、大映時代劇の将来への一つの実験的課題を指示している。第一作は、十八才の中村豊(日舞の三世猿若清三郎)がデビューして『紅之介みだれ刃』(南条範夫原作を西山正輝監督で、)第二作は時代劇に初めて透明人間が現れる『透明天狗』を同じく中村豊主演で弘津三男監督、と云った具合にフレッシュな活劇が登場する。

 五月のゴールデンウィークには、大映の総力を結集した『大江山酒天童子』が出る。長谷川一夫・市川雷蔵・勝新太郎ほかオールスターの出演は勿論のこと、去年の『日蓮と蒙古大襲来』に負けじと特殊撮影を駆使し、丹波の大江山に住んでいた、と云われる酒天童子の伝説にもとずき、原作の川口松太郎、脚本の八尋不二、監督の田中徳三らで実地踏破もすませ、日本民族のロマンを作ろうとするものである。これが成功すれば、日本の伝説や民話による時代劇の新分野の開拓も考えられる。

 これと前後して『薔薇大名』『朝顔日記』『長脇差富士』が作られる。『薔薇大名』は、時代劇スター市川雷蔵の新しい魅力を作ろうと初めて白頭巾をかぶる正調時代劇で、監督は渡辺邦男である。『朝顔日記』は、浄瑠璃の名作「生写朝顔日記」(近松徳叟原作)を依田義賢が脚色して若尾文子が主演する悲恋の物語である。『長脇差富士』は、去年の『次郎長富士』(森一生監督)に次ぐもので次郎長一家が総出演するオールスター映画である。

 そろそろお盆映画と云うことになるが、『怪談累ケ淵』が、去年の『四谷怪談』の好評に応えて、長谷川一夫、中田康子、三隅研次監督で作られる。これは歌舞伎の「かさね」円朝の「真景累ケ淵」からの映画化である。もう一本は“狸もの”第二作『阿波狸合戦』が考えられている。

 と、この辺で上半期が終るわけだが、以前の興行成績云々による踏襲企画は、好く云えば安定したろうし、悪く云えば安易と云うことだが、いずれにせよ色分けのはっきりしているのは確かである。

 さて九月からの下半期だが、何とはなしに鳴りをひそめていた勝新太郎が再燃焼を始め、レパートリーの豊富な彼の主演作品がみられるだろうし、今やグイグイの上昇をたどる本郷功次郎も秋頃には一人立ちの主演作品に出て来ようというものである。

 十月十一月のシーズンともなれば、芸術祭もあることだし可成り高度な内容の作品も出来るだろうが、菊池寛十年忌作品『忠直卿行状記』、増村保造監督と市川雷蔵の『好色一代男』、井上靖原作の戦国もの『風と雲と砦』、川口松太郎原作の『源太郎船』、舟橋聖一原作の『白木屋駒子』、伝説もの第二作『安珍清姫』、新国劇で上演された『清水一角』など大作力作がクツワを並べている。更に研究中のものには、坪内逍遥が明治大正期の演劇界に大きなエポックを築いた戯曲「役の行者」の映画化、京マチ子の『高橋お伝』なども巨匠伊藤大輔、衣笠貞之助と共にひかえている。

 どうやら心楽しい大映の今年である。

(「時代映画」昭和35年2月号より)