加茂川に床が出来て、涼をとる人の姿が見え始めた頃のある宵。木屋町筋の、とある家の一室で、私は貴公子然とした一人の青年と逢いました。このやさしい青年のどこにこんな気魄がひそんでいるのかと思うほど、はげしい熱のこもった話し方をするのでした。ふと気がつくと、この青年は煙草もすわず、盃も手にせず、縁なしの眼鏡の底の澄んだ瞳で、じっと私をみつめていました。
これが市川雷蔵君でした。(今では私は“雷ちゃん”と明日の期待をこめた親しい呼び方をしています。) 段々話している間に、私は雷ちゃんが緑の小函にみえて来ました。緑は希望の色です。雷ちゃんから私は無限の希望 − 期待をひしひしと感じたのでした。この緑の小函には、様々な抽斗がある。その小函から、先ず私は一つの抽斗をひきぬきました。それが『花の白虎隊』でした。そうでう、もう四年前の話です。それから一年 - 私は雷ちゃんの緑の小函から、さわやかなオルゴールの響きにフレッシュな抽斗を発見しました。『又四郎喧嘩旅』がそれであり、『喧嘩鴛鴦』がそれでした。 私はこの小函に夢中になり、手当り次第に抽斗をぬいてみました。しかしそれはもう誰かがぬいた後ばかりでした。『花の渡り鳥』『柳生月連也斎秘伝月影抄』『花頭巾』この希望の緑の小函には、まだまだ外のものがある筈だ。 私はこの緑の小函の抽斗を次から次へと引ぬき、新しいさわやかな薫風を求めました。雑多に放り込まれた小函の抽斗の裏側に私は真新しいひとつをついに発見しました。これだ!『旅は気まぐれ風まかせ』新しい時代劇の誕生、緑の小函のさわやかな音色はそれを音高く奏でていました。 雷ちゃんの顔を幻の中に描き乍ら、私は今『旅は気まぐれ風まかせ』の構想を練っています。四月中旬にはみな様の前に出る筈です。私はこの緑の小函から、同じ抽斗は二度とぬかないつもりです。無限にあるこの緑の小函の抽斗は、私に楽しい夢を与えてくれます。次はどの抽斗をぬこうか?希望の緑の小函・雷ちゃんの将来をみな様と一緒に声援しましょう。 雷ちゃんよ、永遠に緑の小函であれ。 『旅は気まぐれ風まかせ』撮影開始の日 (筆者は映画監督) |
よ志哉4号より