新しい時代劇をめざして

-市川雷蔵を描く-

関西歌舞伎の若手花形として扇雀、鶴之助と共に三羽烏と言われている市川雷蔵さんは今年まだ二十五歳の若さである。

昨年七月「花の白虎隊」でデビューしていらい、「千姫」の秀頼、「幽霊大名」での二役と見事な演技を矢継早やに見せ、先頃大映と年六本の新しい契約を結び、映画に出演する場合は大映、舞台は松竹とハッキリと割切った。その第一回作品が嵯峨三智子さんとの共演の「潮来出島、美男剣法」である。

セットに市川雷蔵さんを訪ねると、恋に悩む美剣士北原龍四郎に扮して、五尺三寸という長い刀を腰に差しているのが、とても歩きにくそうだった。

「エエ、あまり長くてネ階段を下りる時には、差したままでは下りられないんですよ」

「雷蔵さんの映画界入りの動機は?」

「動機といっては別にないんですが、映画には以前から興味を持っていました。何と言っても一番関心を持つのは、自分の演技を自分で見られると言うことです。初めて“花の白虎隊”でキャメラの前に立った時も、自分では一生懸命やったつもりなんですが、ラッシュを見て見ると、すっかり舞台の演技なんです。セリフも必要以上に大きな声を出して喋ってる。こんなのは自分が第三者になって見て見るとハッキリわかる。実に勉強になります。あのころの長谷川一夫さんから、電話をかけてるようなつもりで極く自然に喋れと教えて頂きましたが・・・」

「ファンレターは沢山来ますか」

「ええ、若い人から沢山来ます、人気と言う点でも映画は舞台の比ではありませんね。何しろ日本全国津々浦々まで行くんですから。映画に出ていることが演技的には勿論ですが、いろんな点で舞台のプラスとなり、舞台に出ていることが、又、映画でも大きなプラスになっていると思うんです」

映画で見る雷蔵さんと素顔の雷蔵さんは、全く別人のように顔が違う。眼鏡をかけているせいもあると思うが、素顔の時はまるでどこかのサラリーマンと言った気軽な感じである。

「雷蔵さんは、町でファンに追っかけられたことがありますか」

「全然ありませんね。その点非常に便利です。メガネに感謝してます。」

「今度どんな映画を撮りたいとお思いですか」

「まだそんなことが言えるがらではないんですが、機会があれば現代劇にも出たいと思いますが、当分は舞台との関係もあるし、時代劇の方が無難でしょうね。やりたいものは“源義経”だとか“築山殿始末記”だとか・・・」

「舞台と映画との違いで一番困られた事は?」

「先に言った、セリフや演技が、オーバーになるという点もありますが、考えてもいなかったのは、ラブシーンで女の人と芝居するので困りました」

「と言うと・・・」

「つまり、今までは女形が相手でしょう。平気で思い切った演技をしていますが、それが本当の女優さんとなると、何かこう柔らかすぎて変な言い方ですがね、線が細くって頼りない感じがして困りました」

「今度の『美男剣法』なんか嵯峨さんと相当ラブシーンがあるので・・・。早く恋人でも作って、練習しなきゃと思っています」

いかにも若い、青年らしい面白い言葉である。

「雷蔵さんの刀は随分長いですが、やはり『美男剣法』と言うんだから、相当それで斬るところがあるんですか?」

「いいえ、あんまり斬らないんです。斬る方は黒川さんの平手造酒の役で、ボクは少しだけしか斬りません。ボクは、いわゆるチャンバラ映画というのは嫌いなんですがネ。日本の時代劇もいつまでも剣戟映画ばかり撮っていたのではダメだと思うんです。今が新しい時代劇の方向を見出す一番のチャンスじゃないかと思うんですがね。というのは、海外で賞を貰ってるのが、殆ど時代劇です。日本のエキゾチズムがうけたとかどうとか言われてますけど、ボクはそうじゃないと思うんです。無論それもあるかも知れないけれど、ボクは時代劇が、時代のスタイルを借りて、世界の誰にも通じる人間性を現代人の心になって厳しく追求しているところに賞を受けた理由があると思うんです。昔は現代劇より時代劇の方がベスト・テンに入る率が多かった。今にまたそんな時代が来るような気がするんですがね」

その言葉の如くかって、ベスト・テンの上位を占めた「忠治三部作」「浪人街」のあったことを思い出す。

「正直に言って映画に就いて、どう思われますか?」

「とにかく面白いですね。俳優一つにしてもいろんな芸能人が集って群雄割拠といった感じですし、これからまだどこまでのびるかわからない。たとえば此の撮影所でも、三月に『新平家物語』にかかるまでに、第一、二のステージを壊して500坪の大ステージを作るそうですがね、シネマスコープの総天然色時代劇なんか、考えても素晴らしいじゃないですか」

雷蔵さんの夢はとても大きい。新しい年の雷蔵さんの活躍に我々も、大きな期待をかけたいと思う。(昭和30年の記事より)