濡れ髪シリーズ

「弁天小僧」は伊藤大輔演出で、浮世絵風の色彩の美しさに加えて、伊藤流の江戸の下町の夜、巷の屋根の連なりの下、無数にきらめき迫る御用提灯の波、といったお得意の悲壮美の世界を描き出して見事だったし、この映画と「炎上」とで、雷蔵はこの年、主演男優賞を取った。

「濡れ髪三度笠」は、以後「濡れ髪」ものというシリーズを作り出したし、彼独自の味わいを出したユニークな作品であると同時に、田中徳三という新人監督が、この作品によって、一躍トップ・クラスにおどり出た、という意味でも意義がある。田中にとっては「濡れ髪」ものは因縁があって、その第三作の「濡れ髪牡丹」では、京大の桑原武夫を中心にした、加藤秀俊、梅棹忠夫、樋口謹一、多田道太郎等々の人文科学の学者グループで作っている「日本映画を見る会」からも、その年の賞を贈られることとなった。

最初の「三度笠」では、この他に本郷功次郎という、若くて素直で毛並みもいい新人をクローズ・アップさせることにも成功したことも、また収穫の一つである。

このシナリオで、本郷の役は、将軍の何十番目かのお妾の子で、大名に預けられている厄介者で、雷蔵の方は、長年やくざの飯を食っている渡り鳥という設定である。その二人が、或る機会から一緒に旅をするようになる。ところが、この二人の性格だが、雷蔵の方は、やくざの苦労人だから、世渡りも利口なはずだのに、そうではなくて、融通のきかない一本気な昔気質、本郷の方は、大名の倅のくせに、日陰で育ったせいで、ヘンにひねくれていて抜け目のない現代風のチャッカリ青年、と常識を引っくり返したのが成功したらしく、二人の好演もあって、大変うけた。特に雷蔵は後輩の本郷を引立てることに気を配っていたようだった。その後も、ずっと雷蔵は本郷の引立役を勤めたが、これは、勝が田宮次郎を引立てたのと共に、好一対で、まことに気持ちのいいことである。(「百八人の侍-時代劇と45年-市川雷蔵」65年7月30日朝日新聞社刊より)