『ぼんち』にみる市川雷蔵の野心 

 市川雷蔵は戦後の時代劇映画にひときわ輝く大スターである。その雷蔵が現代劇で船場のぼんちを演じた。雷蔵自身が企画し、山崎豊子の原作を映画化した市川崑監督の『ぼんち』である。鈴木さんによれば、その伏線には、監督市川崑、主演市川雷蔵の映画『炎上』(58年)があるという。

「市川崑に口説かれて『炎上』に出るときいた時、僕は雷ちゃんに言うたんです。ほんまに出るんか、今までのイメージがくずれる役やぞ、失敗したらえらいことになる、覚悟はあるんかと。それでもあえて冒険をやりよった。その時、雷蔵は度胸があるな、野心家やなと思いましたよ」

 『炎上』で現代劇の俳優として新たな可能性を示した雷蔵は、今度は『ぼんち』の監督に市川崑を指名して口説く。

「これが雷蔵のしたたかさ。『ぼんち』は若尾文子、京マチ子、中村玉緒、草笛光子、越路吹雪、山田五十鈴と、女優陣が豪華でしたが、市川崑が監督ならいい女優が揃うという計算があった。プロデューサー的才能が雷蔵にはあったんやね。雷ちゃんがこの作品にひかれたのは、描かれているのが船場の貴族ですからね。森繁久弥が『夫婦善哉』で演じたぐたらな若旦那とはまた違う男気のある世界があるんです。剛毅な線が一本通っていて、芸子遊びをしていても心から遊んでない。それが雷蔵の気質とぴたっと合うた。雷蔵は大阪育ちやから、大阪にはそういう一面もあるということを出したかったんやと思います」

 『ぼんち』はその年の大映の最大ヒット作にあり、雷蔵が演じたぼんちは大阪映画の主人公たちに天衣無縫の輝きをを添えた。プロデューサーと役者の両面にしたたかさを発揮した市川雷蔵は、やはりただ者ではなかった。

 『王将』と『ぼんち』。鈴木さんは、大阪映画を代表する二つの作品の誕生に立ち会った生き証人である。その他にも、企画製作に携わった映画は数知れず。撮影所所長として、人材育成とモノの管理に苦心してきた。しかし、振り返れば映画人生は懐かしい思い出ばかり。名監督も名優も鈴木さんの語る話の中に生きている。

(大阪人02年6月号より)