かけがえのない狂四郎役者

市川雷蔵という俳優は、「眠狂四郎」の作者である私にとっては、かけがえのない存在であった。

眠狂四郎は、映画、テレビ、舞台で、幾人かの俳優が演じたが私の知己たちは、例外なく、“やっぱり、狂四郎は雷蔵が、いちばんいいですね”と言い、あるジャーナリストは、「雷蔵の狂四郎は、ぜんぶ、観ていますが、次第によくなって、晩年には、凄味をおびて来ましたよ。亡くなってみて、あの鬼気迫る凄味は、さいごの火華であったような気がしますよ」と、言った。

雷蔵が逝ってから、かれの“眠狂四郎”は、しばしば、テレビに登場して来ている。私は、なるべく時間をさいて、観るようにしているが、観るたびに、−惜しい役者を亡くしてしまった。と、感慨をおぼえざるを得ない。

すでにこの世にない人の姿を、テレビで観るのは、つらい思いがする。殊に、狂四郎をシリーズにしてくれた雷蔵の姿が、ブラウン管の中に現れると、私は、かすかな胸の痛みすらおぼえる。できるならば、もうテレビに現れないでほしい、という気持ちすらおこって来る。

老醜の姿をさらしている曽っての大スターを、テレビなどで見かけたりするのは、むごたらしいが、若くしてこの世を去った俳優が、死後いつまでも、その颯爽とした演技をみせているのも、むざんである。

くりかすが、私にとって、雷蔵は、かけがえのない狂四郎役者であった。(追悼レコードより)