新 平 家 限 定 版

 溝口監督は扮装にやかましいことで有名だ。ことにそれが『雨月物語』とか『山椒太夫』とか今度の『新・平家物語』のような歴史ものなになると、なお更である。古い絵巻などの風俗資料を参考にして、一々厳密なメーキャップをさせる。『雨月物語』の時なども、衣裳考証の甲斐庄楠音に

 「この映画は外国へ行くんですからネ。一寸した仕出しの役に至る迄、一々何からとったか、訊いたらすぐ答えられるよう出典をハッキリしておいて下さいよ」と云ったの有名な話。

 今度もそれに劣らぬ大がかりな資料調査で、とうとうスタッフで「新・平家物語・資料集」なる厖大な本を一冊作ってしまった。プリントして七十五部作ったら、一冊800円からについてしまった。

 原作者の吉川英治氏に贈ったところ、

 「この本はニ、三年たったら古本屋の貴重本扱いになる」とタイコバンを捺された。

 「当時の風俗について書いた本は色々あるけれど、これ一冊を見たら王朝時代の風俗なら、上は上皇から、下はいざり乞食迄、衣裳から小道具まで、何から何迄わかるという便利な本は珍しい。新・平家の挿画を描くのに杉本健吉君も随分苦労したけれど、とても一人じゃア手がまわらない。こんなに厖大な資料が短時日で、こんなに立派にまとめられたというのは、映画会社という機動力があればこそだ。ボクも現在の映画製作というものが、一本の映画を作るためにこれだけ大がかりな調査研究をやるとは知らなかった」と大感激。

 ところがそれ以来、これを聞きつたえて「ボクも」「おれも」よ希望者続出で、しかしそれが斯界の著名人が多いときているので、スタッフはありがたいやら困るやら、断るの大弱り。

 「実はあれはもう絶版です」「絶版でもよいから何とか呉れたまえ」無茶ですナ、そんなン。

頭 の 剃 り 損

 溝口監督はまた配役についても実にうるさい。今度の『新・平家物語』は叡山の荒法師が沢山出てくるが、溝口監督は配役が一応決定しても、チャンとメーキャップした姿を見てから、気に入らないと変えてしまう。それが契約者であろうと何であろうと一向に頓着しないんだから、俳優さん達は正に戦々恐々たるものである。

 荒法師だから頭を剃らなきゃならない。(溝口監督は坊主頭でもカツラを嫌がる)ところが、頭を剃ってメーキャップしてからでも、溝口監督は、自分のイメージにあわないと、

 「駄目です。人を変えて下さい」と来る。

 俳優さんは頭の剃り損である。頭を剃られて、オマケに出演がフイになったんじゃアたまらない。ホントに大変な撮影です。