真冬・氷の堀に「深く静かに潜入せよ」

その日、堀には人が歩けるほど、ビッシリ氷が張りつめていた。その氷を割って穴をあけ、

「宍戸君、この穴からもぐって、向うの方で氷を突き破って飛び出してほしいんだ」

二月上旬。真冬だ。これには参った。大映映画「忍びの者」のロケ。伊賀上野の城の堀だ。一面に張りつめた氷の堀・・・。突然、静寂を破って水中から甲賀忍者が現われる−という設定である。

「勝負作だから、迫力を出そうぜ」

主演の市川雷蔵さんも、監督さんも、スタッフの面々まで、いつもとは目の色まで違う。それでなくても、「どうかネ」と、いわれて「ノー」といいたくない私の性格。「もちろん、やりましょう」−。しかし、穴をのぞいただけで、ほんとうは心臓まで凍る思いだった。

忍者姿でザブン。もぐった瞬間、チクチクッと体中を針で刺されるようだった。水の中、という感じじゃない。火の中だ。だが、途中で尻込みした、とあってはスタントマンの面目にかかわる。いったん引受けたからには、あとには引けない。

それよりも、まごまごしていて「もう一度、やり直し」とでもいわれたら大変だ。「ナムサン」・・・、三、四メートルもぐって、あらかじめヒビを入れて置いた所から、バリッと飛び出した。一発でOK。

“OK”の声を聞いたとたん、意識がもうろうとした。水中よりも、その時の方が、“冷え”を覚えた。

それにしても、真冬に水中に入るシーンはそんなに珍しくもないが、氷を割って穴をあけ、「ハイ、この中にどうぞ」なんてのは、あとにも先にもこれっきり。会社にとっても、雷蔵さんにしても、浮沈をかけた作品だったからこそ、私にも出来たのかも知れない。