いつの日・・・街かどで

春が過ぎ、夏もいつしか過ぎていった。K子の手紙は相変わらず、定期便のように届けられ、私の文机の中に、そっと整理され、しまわれていった。

そのころになって、私は、あることに気づいた。それは、彼女の澄んだひとみが、常に私の身辺にある・・・ということだ。

撮影や企画の打ち合せで、私が上京したときなど、K子は必ず、送り迎えのファンの波に隠れて、私の動作を見つめているのである。

−○月○日、おにいさまは日航機のタラップで大きく手を振ってくれました。あの時のスポーティな服装はお似合いです。−

−○月○日、東京駅でファンに囲まれた時のおにいさまのお顔ったら−

など、K子はまるで、私の東京日記を代筆してくれるかのように、あとから知らせてくるのである。私はそのころから、内心ひそかに上京するのが楽しみになっていた。

いつか、どこかで、きっと彼女とめぐり合うとこができるだろう−

そんなはかない期待に胸はずませて、ふっと、銀座通りの喫茶店で、うしろのボックスを振り向いたこともあった。だが、そこに、仲むつまじい若夫婦の姿を見た時、なぜか、私自身がひどくみすぼらしく感じられて悲しかった。

二年目の冬、私は東京で三日間を過ごした。その時、私は確かにK子らしい人影を、帝国ホテルのロビーで見た気がする。ウィクーデーの昼さがり、新館のロビーは人影もまばらだった。

新聞社のインタビューを終えて、無造作に立ち上がった私の目は、思わず吸い付けられるように、柱の陰に身を隠した、色白の若い女性に注がれた。

それは、ほんの一瞬の出来事だった。私は大股にその柱を通り過ぎ、横顔に強い視線を感じながら、出口に近づいていった。サーモン・ピンクのコートの印象が、私の脳裡に強くやきついて、女性の姿は流れるように消えていった。

私は、とうとう振りかえることができなかった。

黒目がちのつぶらな目、すらりとした長身に流行のヘヤ・スタイルがマッチして・・・その夜、私は初めてK子の夢を見た。