煙と消える青春

秋・・・四年目の京都に秋は深い。庭の紅葉はすでに盛りを過ぎて、北風にパラパラと舞い落ち、冬の序曲をかなでている。<K子の姉さんが、パリまで持って行ったというもみじは、どの木なのだろう>

そんなことを考えながら、落葉をかき集め、それに火をつけながら、私はひと月まえのK子の電話の声をなつかしんでいた。

−長い間、いろいろと勝手なことばかり申して申し訳ございません。でも、私はもう、お宅にお手紙を差し上げることができなくなりました。なぜって・・・私の縁談が決まったのです。

私は初めて、K子の声を聞いた。澄んで美しい声だった。だが、私にはショックだった。思ってもみないことだった。K子がお嫁にいくなんて・・・そんなことがあってもいいものだろうか・・・そんなバカな・・・。

私の青春が、足もとから音をたててくずれてゆく思いだった。

そういえば、このふた月来、K子からの手紙はプッツリ切れていた。心に残りながらも、正月作品の「大菩薩峠」と「花きらべ狸道中」にかけ持ち出演の私は、ほとんど家をあけて撮影に入っていた。

私の心の痛手は、あまりにも大きかった、それだけに、K子が恨めしかった。どう考えても、K子の気持が私にはわからなかった。

私はぼにゃりと、金閣寺への道を歩いた。うれしいにつけ、悲しいにつけ、常に私の心にうるおいを与えてくれるそのたたずまい・・・私はそのいらかと赤松のこずえを仰ぎながら、ようやく心の平静さを取りもどしていった。

そして、帰り道、私はK子への花むけに、私の描いた楽焼を贈ろう・・・と決心した。

絵は、やはり、もみじがいいだろう。私の家の庭に散るもみじの色が、うまく焼きあがってくれるか、どうか・・・。絵の具を指でとかしながらも万感胸にせまり、不覚にも私は小ザラの中に涙を落してしまった。朱はみるみる涙で散って、美しいもみじの模様が、小ザラの底に描きあがっていった。

私はきょう、K子からの手紙を焼いた。

小粒の雨を斜めに降らして、比叡おろしは冷たかった。枯葉を焼く白い煙が、暮れかけた庭先の苔にたわむれながら、灰色の空に吸い込まれるように消えていった。

燃え残りの手紙の切れ端が、風にかわいた音を鳴らした。・・・どのくらいの時間をついやしたのだろう。二百通に余る手紙の束が、そうして煙になっていった。

私の心を煙にして、空へ運んでしまったようなむなしさだけが胸に残った。重くたれこめた雨雲のように、虚脱感が体によどんでいた。心も体も、疲れきって重かった。

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十二月の初めのある日、仕事に追われる私には、久しぶりの休日だった。