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「時代劇ここにあり」 

敗れていく者たちへ

 日陰者ゆえにまともな死に方はできないと覚悟し、虚無感を漂わせ町をさまよう――。「股旅(またたび)ものが好き。反権力、負けてゆくものにひかれる」と語る評論家が、時代劇映画105本を熱く紹介した。

 

出版社:平凡社/発行:10/2005/価格:¥2625(本体¥2500+税)

川本三郎さん

 勧善懲悪の要素が強い「水戸黄門」は当然、選ばれない。大義に生きる武士を描く「忠臣蔵」を記す筆にも力が入らない。強い共感を持って記されるのは、盲目の一匹狼が活躍する「座頭市」であり、下級武士の哀感漂う「たそがれ清兵衛」のような作品だ。

 〈たった一人のヒーローが大勢の敵と戦う。(略)原稿を書いているうちに、客観的な分析などどうでもよくなり、彼らに寄り添いたい、彼らと共に戦いたい、と何度思ったことか〉

 「敗れていくときに、人間は最も何かを考える。死を意識するとき神に近づき、崇高な存在になってゆくのです」

 「勝ち組」「負け組」といった言葉が横行する現代社会で、この本の中だけは、古き良き日本人が持っていた判官贔屓(びいき)の感情、弱い者に対する温かい視線が息づいていた。

 1944年に東京で生まれ、中学、高校時代が戦後のチャンバラ映画全盛期と重なった。テレビに押されて不振となり、東映が任侠(にんきょう)路線に切り替えた63年は浪人生。「挫折感を味わっていた時に、閑散とした映画館で武士が敗れさる姿を見るのは何とも言えない味わいがありました」

 『銀幕の東京――映画でよみがえる昭和』(中公新書)や、逢坂剛氏との共著『誇り高き西部劇』(新書館)を今月出版するなど、映画に関する著作は多数ある。時代劇について書くのは、戦前の黄金期を知らないのでおこがましいと考えていた。だが、還暦を機に封印を解いたという。

 「日本には『もののあはれ』を愛する伝統があり、藤沢周平は読み継がれている。時代劇が廃れることはない」

 写真撮影で「このパンフレットを目立たせて」と差し出したのは、市川雷蔵主演「ひとり狼」。やくざ者の父親が、かつて愛した女と子供を守るために颯爽(さっそう)と刀を抜く、股旅ものの代表作だった。(平凡社、2500円)(待)

( 2005年10月25日   読売新聞)