花の渡り鳥
1956年1月3日(火)公開/1時間20分大映京都/白黒スタンダード
併映:「薔薇の講道館」(佐伯幸三/菅原謙二・若尾文子)
製作 | 酒井箴 |
企画 | 浅井昭三郎 |
監督 | 田坂勝彦 |
原作 | 川口松太郎 |
脚本 | 犬塚稔 |
撮影 | 牧田行正 |
美術 | 上里義三 |
照明 | 伊藤貞一 |
録音 | 大谷巌 |
音楽 | 渡辺浦人 |
出演 | 長谷川一夫(榛名の清太郎)、勝新太郎(蜩の半次)、清水谷薫(おしの)、木暮実千代(見返りのおぎん)、阿井美千子(おみね)、夏目俊二(櫓の惣吉)、柳永二郎(岩井屋音蔵)、香川良介(鹿島の七兵衛)、寺島貢(丹後の甚七)、天野一郎(雷神の竹)、水原浩一(半鍋の栗造) |
惹句 | 『お待ちかね、美男三羽からすの初顔合せ!恋の花咲き、剣は飛ぶ!』『剣の魅力!恋の陶酔!花と競う六大スタアの初顔合せ!この一本で剣と恋の魅力がみんな楽しめる日本一の娯楽大作!』 |
正月映画への初登場であるが、芯は長谷川一夫の股旅やくざで、小暮実千代がからみ、雷蔵は、つきあいの役であった。(「侍・市川雷蔵その人と芸」より)
★ 作品解説 ★
★昭和三十一年度新春に放つ股旅映画黄金篇。長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎と、大映の誇る時代劇三大スタアが、初めて顔を合わせる外、木暮実千代、『怪盗と判官』にデビューした新星清水谷薫、阿井美千子の艶麗、女優陣を加えて六大スタア競演になる豪華巨篇です。
★更に夏目俊二、柳永二郎、香川良介、寺島貢、天野一郎、水原浩一と、新鋭老巧を加え、愈々多彩な配役陣を構成しています。
★原作は川口松太郎の名戯曲をもととして、ベテラン犬塚稔が幾度も稿を改めた苦心の力作を明快なテンポを以って、股旅映画では随一人を唱われる田坂勝彦が監督、撮影は流麗の名手牧田行正、音楽は渡辺浦人、主題歌はテイチクで人気歌手白根一男、菊池章子によって歌われ劇の魅力を更に高揚させている。
★内容は島帰りの謎の旅鴉榛名の清太郎(長谷川)をめぐって、彼を慕って何処までも道中を追って行く陽気な女道中師見返りおぎんん(木暮)、彼女の相棒でその気違いじみた恋に振りまわされて、不平たらたら道中を続ける内、いつしか清太郎の気ッぷに惚れ込んで行く男蜩の半次(勝)がもつれもつれる中、二足の草鞋の悪親分岩井屋(柳)にいためつけられている娘おみね(阿井)とその恋人惣吉(夏目)の事件がからみ、更に清太郎の弟分で今は堅気になっている蔦屋の佐吉(雷蔵)と、清太郎の恋人で佐吉の女房になってしまったおしの(清水谷)の二人と、清太郎との義理と恋との三者三様の悩みとあつれきを描き、最後に清太郎の超人的な剣の力ですべて痛快に解決するという、興趣満点、誰にも絶対おすすめ出来る春一番の颯爽篇です。(公開当時のパンフレットより)
山根貞夫のお楽しみゼミナール
−お待ちかね、美男三羽がらすの初顔合せ!恋の花咲き、剣は飛ぶ!
これは『花の渡り鳥』の宣伝惹句で、長谷川一夫・市川雷蔵・勝新太郎の競演がいかに売りものであったかが、ことばの勢いによく出ている。1956年一月三日封切りのお正月映画であったから、意気込みも違ったのであろう。
三人そろっての競演は最初だが、市川雷蔵と勝新太郎は1954年の『花の白虎隊』で同時デビューしたあと、これ以前に、それぞれ一本ずつ長谷川一夫と共演している。映画界にはこういうケースがよくあって、この場合、大スター・長谷川一夫といっしょの映画に出すことによって、新人を観客に印象づけようというわけである。他社の例でいえば、石原裕次郎が爆発的に人気のあったとき、日活は、小林旭や赤木圭一郎を彼と共演させ、売り出している。
『花の渡り鳥』では、そんなふうに売り出したいちかわ雷蔵と勝新太郎のイメージをさらに盛り上げるべく、長谷川一夫との三人競演が実現されたのにちがいない。
この当時、長谷川一夫は、出る映画がすべて大当たりするほどの勢いで、いわば大映を背負って立つ人気スターであった。たしかこの映画の翌年には、大映の取締役に選ばれている。
けれども、長谷川一夫の人気が絶頂期にあるということは、スター交替劇のひそかなはじまりではなかったろうか。
一つには、市川雷蔵の台頭ということがある。雷蔵はデビュー後、着実に人気を伸ばして、この前年には溝口健二の『新・平家物語』で器量が飛躍的に大きくなった。作品本数も増え、『花の渡り鳥』の年には、十三本もの映画に出ている。そして、二年後には初の現代劇『炎上』で各賞に輝く。『花の渡り鳥』の三大スター競演は、さまざまなことを思わせる。
長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎という、時代劇三大スター初顔合せが大評判となった股旅ものである。とにかく人気バツグンの三人が颯爽と登場、ファンにとってはたまらないところだろう。
監督には、股旅もののベテラン田坂勝彦。あの巨匠田坂具隆の弟である。デビュー作となった『勘太郎月夜唄』より、長谷川一夫と組んで一スタイルを確立して来た。『浅間の鴉』『関の弥太ッぺ』などは、よく知られたところである。
また、『又四郎喧嘩旅』『旅は気まぐれ風まかせ』などでは雷蔵と、『森の石松』『東海道の野郎ども』などでは勝と組み、やはり股旅ものにその魅力を引き出している。そんな田坂の演出だけに、一層、顔合せの妙が効果を生んでいるといえる。
さらに、もう一つこの作品のポイントを挙げるとすれば、やはり共演陣であろうか。木暮実千代、阿井美千子などの艶麗ぶりも見ものだが、夏目俊二、柳永二郎、香川良介、寺島貢ら芸達者の名サポートも見逃せない。『怪盗と判官』でデビューしたばかりの新星清水谷薫のういういしさもまた、気になるところであった。(キネマ倶楽部・日本映画傑作全集ビデオ解説より)
(奄ゥら小暮、長谷川、勝、雷蔵、清水谷)
長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎の顔合せに、小暮実千代を加えた大映の『花の渡り鳥』は正月映画のハシリとして、完成間近に迫っているが、雷蔵、勝が他の組にダブっているうえ、最近では長谷川までが『俺は藤吉郎』に林成年との親子共演の場面にかかってきたので、いちばんの見せ場である三スター顔合せシーンだけが、なかなかスケジュールにはめこめず、製作部あたりの頭痛の種だったが、このほどようやく榛名の清太郎(長谷川)が島での刑期を終えて帰り、小間物屋佐吉(雷蔵)を救い、道中師蜩の半次(勝)の手引きで二足のワラジの岩井屋音蔵をたたっ斬る、その島帰りのところから撮影した。
なにしろその日は三スターのほかに小暮、清水谷薫の顔もそろうにぎやかなセットなので、この初顔合せをみようと所内の見学希望者が続出、押しかける有様。「これみなタダのお客さんばかりだからあまり有難くない見学者だね」と田坂監督は苦笑い。それだけに「あんたちょっとそこの○○取ってんか」とスタッフが頼めば、見学者は気安く「よっしゃ」と用を足してくれるという和やかさ。
一方、三スターも長谷川を中止に撮影合間をみてはなにかと談笑、長谷川からヤクザのいろいろな型を聞いたり、ヤクザの立回りの心得を教わったりする。それがあまりににぎやかなので、見返りのおぎんという道中師で出ている小暮まで一枚加わって、これまた女ヤクザの型につきこれまでの経験を話すのを、若手の雷蔵と勝が日ごろの心臓とはうって変って、神妙に拝聴するという風景がみられた。(デイリースポーツ 11/01/55より)
★梗 概★
下野から上総へ入る国境権現山の崖下で、瀕死の男鹿島の七兵衛から、岩井屋音蔵方に預けた娘おみねのへの伝言を頼まれたは、島帰りの旅鴉榛名の清太郎、しっかと引受けた急ぎの街道で、女道中師見返りのおぎんから財布を預けられ、始末に困って道々おぎんの姿を求めたが、容易にそれが見当らない。
おぎんと相棒の蜩の半次は、財布を取り戻そうと苦心するが、相手は隙の無い男、弱り切った愚痴まじりの旅籠の部屋へ、不意に顔を出したのは清太郎、財布を投げ出し「盗ッ人の片棒なんぞ担がしやがって・・・」と、二人を睨んでそのまま後も見ずに旅立った。
あっけに取られたおぎん、途まどう半次をやけにせき立て、急いで清太郎の後を追う。どうやらひょんな恋風が吹いたらしい。
やくざと十手、二足の草鞋の佐原の顔役岩井屋音蔵は、縄張ぐるみの預り物、七兵衛娘おみねにふざけ、おみねをかばう七兵衛乾分櫓の惣吉に斬りつけられ、烈火と怒って、逃げる二人を乾分たちに追わせた。
すでに捕まろうとした二人を、出会頭も道傍で、救って逃がして喧嘩を引受けたのは清太郎、手際よく蹴散らして岩井屋の表土間で股旅仁義、七兵衛の言葉を伝えると、何故か音蔵とたんに警戒の色を見せた。
おみねが留守で再会を約した清太郎、踵を返して小見川へ、三年逢わぬ恋しい女、おしのの面影瞼に浮かべて・・・。女があろうが、素っ気なくされようが、想いいやます見返りおぎん、不平顔の半次道連れ、もつれもつれての片恋道中だ。
あの清太郎こそ島破りの重罪人だと、乾分甚七から告げられ岩井屋音蔵、さてはとばかり色めいた。自分の秘密を知ったと睨んだ清太郎を、四の五の云わさず引っくくってしまう肚が決まったのだ。
一方、音蔵の手配に逃げ場を失ったおみねと惣吉、思い余って利根川へ身投げをしようとする寸前、救った男は蔦屋の佐吉、以前はやくざで清太郎の弟分だが、今は堅気の船宿の主、佐原神社の祭礼の人ごみで、図らず逢った清太郎の無事な姿に、雷に打たれたように驚いた。それもその筈、清太郎の探す恋しい女おしのこそ、いまは佐吉の恋女房になっているのだ。
これを知った清太郎の苦悩と決断は・・・兄貴分への義理立てに、再びやくざに戻って邪魔者の甚七を叩き斬ろうと悲壮の決意を固める佐吉。愛する二人の男の板挟みになって運命のいたずらに泣くおしの。
このおしのの美貌に邪恋を抱く岩井屋音蔵は、しかも佐吉の家に清太郎やおみねが泊っていることを知り、暴力非道の手段に訴えて一気に事を挙げようとする。更に岩井屋の陰謀を図らずも知ったおぎんと半次の意表外な大活躍があって・・・もつれにもつれた事件は、祭礼で賑わう佐原の宿を一瞬にして修羅の巷と化し、ここに榛名の清太郎一世一代の名啖呵と剣が躍るのである。(公開当時のパンフレットより)
花の渡り鳥
小菅 春生
島送りになっていたやくざ、榛名の清太郎が、特赦になって三年ぶりで故郷に帰る。彼は恋人との再会に胸を躍らせているが、恋人は弟分の佐吉と夫婦になっている。その三人の出あいが一つのやまで、二人の幸福を祈って立去ろうとした清太郎が、置き土産に二人を苦しめる土地の悪親分を始末して行くという筋を芯としている。━といえば、これはもういやというほど見せつけられて来た"やくざ"ものの、あの類型の蒸し返しに過ぎぬことが解るはずで、この種のものに善も悪も子供だましのような幼稚さだ、などといっても始まらない。女道中師やその子分の扱いにしてもおよそ型通り。オリジナルなものがないということのつまらなさである。
僅かに冒頭で、清太郎に娘への伝言を託して死ぬ籠抜け男に、目先を変えようとした趣向がうかがえぬではないが、それも"出"の面白さをねらっただけで、後への事件的な発展は粗略である。地理的な説明も明瞭とはいえないが、島帰りの男━という主人公の環境の設定もあまりきいてない。
田坂勝彦演出は正月作品らしく、大向うの受けのツボを外さず、無駄がないというだけで、結局、この作品を支えているのは絵になり切った長谷川一夫の"型"の良さである。戦後派、二十代の雷蔵、勝と並べて見ると、戦前派、四十代の長谷川の、段違いの水際立った美しさがよくわかる。まさに不世出というものであろう。小暮は別として、阿井、特に清水谷薫のミスキャストが酷い。正月作品としては例年並である。(興行価値: 題材はすでに十分知られたものだし、また長谷川の役柄もはまり役で、正月映画としていう所はない。一本でも十分の吸引力はある。)
花の渡り鳥
作詞:笠置公平 作編曲:長津義司 歌:白根一男
一、花も尾花も 東を向くに 草履ばかりが 西をむく 嗤いなさるな 秋は下総 利根川べりか やけに恋しい 島帰り
ニ、娑婆の風吹きゃ こころのすみに 咲いて手招く 花の影 つもる話を 聴くも聴かすも 三年ぶりの 笠は榛名の 清太郎
三、野暮は言うまい この世のことは 利根の川原の ちぎれ雲 無職渡世の 義理と人情は 合羽につつみ 明日はまた飛ぶ 渡り鳥 未練あやめ
作詞:笠置公平 作曲:平川浪龍 編曲: 福島正二 歌:菊池章子
一、泣いて別れた あの夜から 三たび浮世の 秋が来て 今じゃ堅気の恋女房 好きで別れた 男の笠が 河岸にちらつく やさしく招く
ニ、人を殺めて 島送り 人に追われる 島帰り みんなわたしの せいなのに 詫びて済むなら この身を裂いて 利根の真菰に 散らせてほしや
三、憎い女を 斬りもせず 無事で暮らせと 目で知らす うらみ代りに ひとつぶの あつい雫が さよならみやげ いっそ死にたい 情の辛さ