■物 語■
紀元前230年の中国。周朝衰えて群雄割拠し世は弱肉強食の戦国時代となり、戦禍は果てしなく続いていた。時に若き秦王政は救民救国の理想に燃えて西より立ち上がった。
紀元前221年、秦の中国統一は成り、世界最初にして最大の帝国が誕生した。若き秦王は自らを始皇帝と名乗り、新たに秦の咸陽を国都と定め、各地の王や富豪、豪族を強制移動させて都造りに専念した。
戦いは終り、全土に平和がもたらされた今日、始皇帝の偉業は着々と進められていった。中でも豪華を極めた阿呆宮の工事は国民の目をみはらせた。美姫三千を越えるといわれるこの阿呆宮の女たちは全国から選りすぐって集められたが、とりわけ朱貴児という美しい女を始皇帝は愛した。
燕の国の太子丹は、ひそかに秦への反抗の機会を狙っていた。折しも皇帝の許から亡命してきた礬於期将軍の首と督充の国の地図を皇帝が要求してきたことを知った丹は、刺客荊軻を頼んで策をめぐらした。礬将軍の首と地図を手に荊軻は首都咸陽に乗りこみ、始皇帝に拝謁、地図を前に満足気な表情を示す始皇帝の一瞬の隙をうかがいかくし持った短剣で彼の胸につきつけた。しかし武人の情から、王者に相応しい死に方をさせようという皇帝の所望を聞入れた為に荊軻は皇帝の身をとり逃し、逆にたちまち武官に囲まれてしまった。事終れリと荊軻は自らの胸を開き剣を受けて倒れた。
計の破れた事を知った太子丹は旧王たちの軍隊を集結させて最後の総攻撃をかけた。三たび四たび両軍の激突がくりかえされたが、連合軍は遂に壊滅、太子丹も始皇帝の戦車の下敷きとなって命をたった。
大勝を得た始皇帝はこれを機に愈々国内統一と威力を示す膨大な計画を立てた。女子供農民を問わず徴用して官用道路を建設した。始皇帝は、その官用道路を数千人に及ぶ美姫を含む文武百官を従え泰山に向い、その頂上に於て天子が天子たることを天下に示す封禅の儀を行った。しかし、この始皇帝の留守を狙って北域の蛮族は突如として首都咸陽を襲い、手薄な都はたちまち地獄絵を化したが、阿呆宮の一室にあって病の床に伏していた朱貴妃も病躯をおして宮殿を襲撃してきた一族に向ったが、遂に敵の矢に倒れてしまった。
始皇帝の世紀の大事業 −
秦の国をより悠久の安きにおくために北方の蛮族たちの侵入を防ぐための長城の建設
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はこの時から始まったのである。山も川も野もすべてを長蛇の如き城壁で連ねる万里の長城の建設はまことに難工事であった。幾千、幾万もの人が狩り出され、七年目を迎えてもなお完成し得なかった。
この頃から国民の間に始皇帝の暴政に対する不満の声がふつふつとして湧いてきた。儒学者干越は、若い儒生万喜良たちを集めて激しく政治の腐敗を説いた。丞相李斯はそんな儒学者を弾圧するため、法令を出して一切の書物を焼き払い儒学者を捕えて生き埋めにしてしまった。
長城工事は雷神によって一部を破壊される災いなどもあってなかなかに捗らず遂に始皇帝は自ら長城に出向いて陣頭指揮に当った。丞相李斯はこの天災が二度と起きないように人柱を立てることを進言し、妻の孟姜女との新婚の夜に捕えられ今は長城工事の使役にかり出されている万喜良がその人柱として引出されることになった。
夫の骨が長城の中に埋められているなら、一生その霊は浮かばれないと思った姜女は、長城への長旅に出発した。女の一人旅の難渋を幾度びか味わいつつ彼女はとうとう長城に到達したが、そこに待っていたのは恐ろしい盗賊たちの群だった。あわや暴行されようとした時、屈強の若者が飛出して彼女の危急を救ってくれたが、彼こそかって始皇帝が政王たりし頃の少年旗手李黒少年の成長した姿であった。
李黒の幼な心に残る皇帝の面影は優しく温か味にあふれた人であった。思い出の中の始皇帝の姿がまことか、人民の怨嗟の的の皇帝が真実か、この目で確かめたいと李黒青年ははるばる訪ねてきたのであった。長城の一部になっている六角堂の壁面に刻まれた万喜良屍之処に孟姜女は頬ずりするように崩れた。孟姜女は城壁におのれの額も砕けよとばかり打ちつけると、突如轟然たる大音響と共に大地震が起り、城壁はどうとばかり崩れ落ちた。
始皇帝は長城を壊した孟姜女を庇った男を直々に成敗するために呼んだ。意外にその男こそかっての李黒少年ではないか。始皇帝は万感胸に迫る思いで、彼の手をとり、そして再会の引出物に何なりと望みを聞くといった。李黒は即座に、民の声を聞いて欲しいと答え、また姜女の助命を乞うた。李黒の身に代えてもという厳しい嘆願に、皇帝は遂に彼女を許した。大観衆の歓声が爆発した。その歓呼の中に静に瞳をあげた孟姜女は李黒の宝剣で我が胸を貫いた。この時、遥か東海の空をのぞんで立つ始皇帝の許へ反乱軍の襲撃が告げられた。平和は破れ、再び戦いが始まった。
十数年の夢をかけて今や全く完成した世界最大の長城にひとり立つ孤独の始皇帝。これが人間のむなしさか、これが人間の悲しさか、広大な原野を秋風が粛々と渡る。東方の空を睨んで長城に立ちつくす始皇帝の胸に、再びあの偉大なる夢が沸々と湧き起こってくるのだった。(公開当時のパンフレットより) |