陸軍中野学校

1966年6月4日(土)公開/1時間36分大映東京/白黒シネマスコープ

併映:「酔いどれ博士」(三隅研次勝新太郎・江波杏子)

企画 関幸輔
監督 増村保造
脚本 星川清司
撮影 小林節雄
美術 下河原友雄
照明 渡辺長治
録音 渡辺利一
音楽 山内正
助監督 崎山周
スチール 薫森良民
出演 小川真由美(布引雪子)、加東大介(草薙中佐)、村瀬幸子(三好菊乃)、早川雄三(岩倉大佐)、待田京介(前田大尉)、仁木多鶴子(はる恵)、三夏伸(手塚)・中野学校生、仲村隆(杉本・中野学校生)、ピーター・ウイリアムス(ラルフ・ベントリイ)、E.H.エリック(オスカー・ダビットソン)
惹句 『あなたが知らない陸軍スパイ学校の全貌を初めて描いた衝撃の異色作』『死亡通知が召集令状、世界を震撼させた日本スパイ訓練機関遂にあばかれた中野学校の秘密』『盗み、誘拐、殺人からセックス術まで初めてあばかれたスパイ訓練所の実態

 

◆ 解 説 ◆

 実在した諜報部員養成施設を舞台にした異色作。世界情勢も漸く緊迫の度を加えて来た昭和十三年、わが国にはじめて諜報機関員を養成する学校が誕生した。のち陸軍中野学校とよばれた、このスパイ養成機関には、日本各地の陸軍師団から優秀な青年将校が選び出されて、秘密裡に入学させられた。肉親との連絡はもとより、戸籍まで抹消されて厳しい訓練に耐え抜いた陸軍中野学校第一期生の一人に焦点をあて、秘密戦士としての使命に青春のすべてを捧げた若者哀歓を、ドキュメンタルに描くのがこの作品のモチーフである。

 主演には、時代劇映画のプリンスとして君臨する市川雷蔵が、久方ぶりの現代劇に満々の意欲をもって体当たりするほか、そのフィアンセに小川真由美、中野学校の創始者ともいうべき軍人に加東大介(東宝)、さらに待田京介、E.H.エリック、村瀬幸子、仁木多鶴子らのベテランキャストに、中野学校生徒には、大映青春スターがズラリと顔をそろえている。

 脚本は星川清司、監督には『兵隊やくざ』『刺青』などでこのところ快調の増村保造があたるが、“青春群像を描きあげたい”と満々のファイトを見せている。

◆ 梗 概 ◆

 昭和十三年十月、陸軍少尉・三好次郎は、連隊に奇妙な訪問を受けた。草薙中佐と称する恰幅の良いその男は、いきなり次郎に次々と質問を浴びせた。一週間後、次郎は陸軍省へ出頭せよという秘密の命令を受けた。その夜次郎は、いったんわが家に帰った。家では次郎の母菊乃と、許婚者の布引雪子が、明日からの行先不明の次郎の出張に不安を覚えていた。

 翌朝、次郎を含めて十八人の陸軍少尉が東京・九段の靖国神社にに集められた。彼らは近くのバラックに連れて行かれたが、そこには草薙中佐が待っていた。

 “諸君を向う一ケ年スパイとして教育する、したがって今後は軍服を背広に変え、言葉も軍隊の用語は禁止する”この草薙中佐の言葉に、一同は戸惑った。しかしスパイの任務の重大さを語る草薙中佐の熱意に、次郎は何となく好感をもった。この時から次郎は変名させられると共に、彼の軍服も二度と陽の目を見なかった。東京帝大を卒業後、幹部候補生として陸軍予備士官学校を出た次郎の経歴と、ここに集められた若者達のそれとは、いずれも大同小異だった。

 翌日から、早速厳しい訓練が開始された。柔道、剣道は言うに及ばず、自動車、飛行機、運転、操縦、射撃、無電などの軍事教練から、政治、経済、外交問題では、大学教授の教えを受けた。やがて学校は九段から中野電信隊跡に移住し、スパイ専門の教育が開始されるようになった。手品師、金庫破りの名人、警官と、教官も多彩をきわめた。そんな一日、生徒の一人が自殺した。スパイ教育に落伍したのだ。しかし、他の仲間にも多少なりとも将来への不安はあった。動揺した生徒の気持ちを知った草薙中佐は“スパイは殺人者や犯罪者ではない、スパイの根本精神は誠だ”と説いた。

 その頃、次郎の留守宅では、全く音信の途絶えた次郎の身を案じて、雪子が連隊区司令部や陸軍省を訪れていたが、一向に要領を得なかった。何かの消息がえられるならばと、雪子はこれまで勤めていた外国商社のベントリイ商会を退社して、参謀本部のタイピストになった。

 中野学校の授業はさらに進んでいた。変装、エチケット、ダンス、さらには女の肉体を喜ばせる方法まで次郎たちは教えられた。その実地訓練で、生徒の一人がバーの女と本当の恋におちいり、仲間の軍刀を盗み出して金をつくろうとした。これが憲兵隊に知られるところとなったため、仲間は中野学校の名誉のために死を選ばせた、これが二人目の犠牲者となった。

 中野学校の教育もやがて終りに近づいた。次郎と杉本と久保田は、卒業試験として英国外交電報の暗号コードブックを盗め、と命令された。参謀本部では、この英国の暗号が解読できず、苦慮したあげく非常手段に訴えたものだった。次郎たちは横浜の英国領事館に狙いをつけた。

 次郎は洋服屋に化け、領事館の暗号係ダビッドソンに接近した。中野学校で教えられた技術がさまざまに活用され、見事コードブックを金庫から出して、写真撮影に成功した。

 参謀本部では早速暗号の解読にかかった。しかし、コードブックは使いものにならなかった。コードブックを盗まれたのに、英国側では気がついていたのだ。次郎には秘密が漏れたのは参謀本部としか考えられなかった。参謀本部を訪れた次郎はそこでタイピストとして働く雪子の姿を発見して愕然とした。次郎は雪子の姿を発見、尾行した。かっての上司だったラルフと連絡をとっていた。ラルフが英国側の諜報機関員であると次郎は直感した。雪子がラルフから受け取った紙片を次郎は奪い去った。雪子はそれが次郎とは思いも寄らなかった。最愛の次郎を奪った日本軍隊に雪子は復讐しようと決意し、ラルフの甘言に乗り、英国側スパイ機関の手先となっていたのだ。

 次郎の奪った紙片は、雪子がスパイであることを物語っていた。しかも重大な秘密を雪子に不用意に語ったのは参謀本部の前田大尉であることもはっきりした。憲兵隊は直ちに行動を開始し、ラルフ邸宅を襲った。次郎は雪子だけは憲兵隊に渡したくなかった。次郎は雪子のアパートを訪れ、ホテルに誘った。突然の再会に雪子は狂喜し、自らベットの上に身を投げ出すのだった。次郎の差し出すワイングラスの酒を飲み干した瞬間、静かな死が彼女を待っていた。雪子の死を自殺に偽装した次郎の胸に複雑な感情がよぎるのだった。

 数日後、陸軍中野学校を巣立った十六人の秘密戦士は、それぞれの任地へ向って、晴れがましく、そしてひそやかに旅立って行くのだった。(公開当時のプレスシートより)

 

 

 さきに『氷点』を公開した大映東京撮影所は、撮影中の『野菊の如き君なりき』(伊藤左千夫原作、宮本壮吉監督)、『雁』(森鴎外原作、池広一夫監督)にひきつづき、週刊サンケイに連載中の畠山清行氏の同名戦記物語りを映画化する『陸軍中野学校』(増村保造監督)の撮影を開始、“やくざ映画”一辺倒の日本映画の風潮に、激しい抵抗の姿勢をみせて注目されている。

  『陸軍中野学校』の主演は市川雷蔵。彼にとっては『剣』いらい二年ぶりの現代劇出演だが「軍服を着るのは、はじめの部分のわずかなシーンだけで、あとはセビロ姿。わたしとしては、はじめての経験なんです」と真剣な表情をみせる。

 この日の撮影は軍服姿。旧日本陸軍のスパイ養成機関“中野学校”の生みの親である草薙中佐(加東大介)にスカウトされた三好次郎少尉(市川雷蔵)が、スパイとして適格検査を受けるくだりだ。

 まだ撮影を開始したばかりのせいか、日ごろきびしい増村監督の“毒舌”ぶりはまだ聞かれなかったが、それでもベテラン加東大介になんども“NG”をだして、とりなおしをするあたり気力じゅうぶん。

 雷蔵と増村監督のコンビは時代劇『好色一代男』(昭和36年公開)につづいいてこれが二本目だが、加東大介と増村監督とも『黒い超特急』(昭和39年公開)についでこれが二本目。

 「雷ちゃん(市川雷蔵)とはこれが二本目だが、彼のばあい時代劇と現代劇とではまるで違う。現代劇だと、彼はとてもシャープな面をみせてくれる。加東さんはシナリオの段階から、ぜひこの役はやってもらいたいと思っていただけに、ピッタリだ」と増村監督はいう。

 雷蔵は、陸軍自動車学校を卒業すると、すぐにスパイ候補生として“中野学校”に入学する青年将校。「はじめはスパイになることに懐疑的で、傍観者的な立ち場にいるが、イギリスの情報機関に自分の恋人(小川真由美)が協力しているのがわかり、みずから恋人を殺さねばならなくなる。それが動機でスパイになることにハッキリとわりきるんです」

 増村監督は「スパイ映画といっても、これはスパイの手口や活動を興味本位に描くのではない。青春をギセイにして、国のためにつくした戦前の青年たちの姿を描くのがねらいだ。現代の大学生が、自分の生き方に信念を持っているのと同じように、あの当時の中野学校の生徒たちにも、愛国心のために自分をかえりみない信念があったはずだ。なかにはそうした“強さ”についていけない者もいたろう。この映画は、雷ちゃんふんする青年将校を中心にしたスパイ学校の“青春群像”を浮きぼりにしてみたい」と熱っぽく抱負を語っていた。

(サンスポ・大阪版 04/25/66)

 

 

 

 

                          陸軍中野学校                      白井佳夫

 昭和十三年、スペインでフランコが国民政府を組織し、ドイツでヒットラーがオーストラリア併合を宣言した年。日本でいえば、国家総動員法案が成立し、電力、鉄鋼、石炭などの国家統制がはじまった、近衛内閣成立の二年目である。はじめは東京九段の靖国神社うらのバラック(この皮肉な暗合)、のちには中野の元通信隊のあとに移り、陸軍中野学校とよばれた日本の諜報機関員養成学校が生れた。

 この映画は、加東大介扮する草薙中佐という、軍部内のアウト・サイダーによって、ひそかにこの学校が創設され、十八人(挫折者が出て結局は十六人になるが)の青年将校による第一期生が、参謀本部の蔑視の中を、この学校を巣立って、大陸や東南アジアに散っていくまでを描く。

 「スパイの本義は“誠”の一字につきる。諸君は大陸や東南アジアの民衆の中に入り、彼らの友となって民族独立を助けろ」という主張をもった草薙中佐によって、金庫破りの技術から殺人の方法、女性を歓喜させる秘術までを叩きこまれて、十八人の青年がスパイ教育をほどこされ、参謀本部にいじめられながら、平服の軍人であるスパイになっていくプロセス。それを、星川清司のオリジナル・シナリオは、通俗的ストーリー・テリングのルーティンにのせて描いていく。

 この学校の存在が、のちに、熊井啓が作った『帝銀事件・死刑囚』や『日本列島』に登場してくるような形で、日本の戦後史につながってくる、まことにスケールの大きいミステリアスなテーマなどとは、この映画は、まったく無縁である。007的現代スパイ映画の製作は日本ではとても無理だから、一つ懐古趣味に趣向を凝らしたスパイ映画を作ろう、という程度のアイデアだ。

 市川雷蔵扮する三好少尉の許婚者小川真由美が、英国側のスパイになるまでの経緯や、三好中尉が変装して横浜の英国領事館で暗号解読表を盗み出すあたりなど、なまじいくらか時代考証が利いているせいもあって、まるで戦時中に作られた防諜映画か、山中峯太郎作の少年スパイ小説でも今読むような、アナクロニズムである。

 ただ、いささかなりとも面白いのは、市川雷蔵のナレーションで一貫されてはいるが、むしろ大映の若い新人俳優群の集団を主人公にして描かれたこの作品の前半部分。十八人の若者たちが、軍部内のアウト・サイダーである草薙中佐のリードに、反発したり同感したりしながら、青春のファナティシズムを、一つの方向に統一させていくプロセスである。僚友の一人を、無理に自決させる一同の決意の盛りあがりあたりが、かろうじてクライマックス的に盛りあがる。だがもちろん、増村保造監督が前に作った『兵隊やくざ』の、あの帝国陸軍内務班内部の人間葛藤の、エネルギッシュな表現の痛烈さに対抗するには、これは、いかにもひ弱である。せいぜい高校の運動部の、ファナティックな統制ムードの再現、といった程度のことだ。この映画に増村保造がつけ加え得た「現代」的意義とは、その程度のものであった。

 『兵隊やくざ』『清作の妻』『刺青』とつづいてきた彼の「時代劇」(三月上旬号「刺青」評参照)作りも、いよいよ末期的症状を呈してきたような気がするのである。

 興行価値:戦中派の人間にはよく知られている、実在した“陸軍中野学校”がモデルになっているだけに中年層以上の観客も動員できよう。興行価値70%。(キネマ旬報より)

                   

詳細は、シリーズ映画「陸軍中野学校シリーズ」参照。

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