「気配を殺す」に徹した雷蔵

《今週の1本》

 森一生と市川雷蔵は、相性のよいコンビだった。その代表作は破滅の美学を描き切った『薄桜記』であり、それにつづくのがこの『ある殺し屋』にほかならない。

 映画のおもな舞台は、神戸とおぼしき港町の埋立地である。ある日、荒れ果てたこの地をおとずれたひとりの男が、くたびれたアパートの一室を借りる。男の名は塩沢。塩沢は、ある計画を遂行するための拠点をここに選んだのだ。そんな彼を追うように、派手な服を着た圭子、黒いコートに身を包んだ前田というふたりの男女が合流する。三人は手を組んである得物を狙っているようだ。このあとにつづく複数の回想場面によって、われわれは三人の関係を知る。塩沢の過去や世を偽る仮面も、すぐに明らかにされる。そう、題名が示すとおり、塩沢は腕利きの殺し屋であり、前田と圭子はそのおこぼれにありつこうともくろんでいる小悪党なのだ。

 撮影の宮川一夫、音楽の鏑木創といったスタッフの力もあって、森一生はじつに闊達な演出で全篇を押し通す。地味で無口な主人公の造形といい、仕掛人梅安を思わせる武器の使い方といい、この犯罪映画は、どこか時代劇の匂いを漂わせると同時に、ジャン=ピエール・メルヴィルの作品に通じるスタイリッシュな空気も兼ね備えている。「気配を殺す」ことに徹した雷蔵の静かな存在感はもちろん、成田三樹夫の無表情なユーモアにも注目していただきたい。(芝山幹郎「日本経済新聞」9/20/03土曜版より)

 

        

 

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