◆錦秋の富士をバックに、一日を「大菩薩峠」ゆかりの地巡る◆

11月1日(土)秋晴れの中をバスに揺られて、「大菩薩峠」縁の地を巡りました。

 JR新宿駅スバルビル前に午前8時に集合!ここは、バスの集合場所のメッカ。なんとロケバスにも遭遇。乗車していたのは大林信彦監督でした。好天に恵まれ、健脚を誇る?RaiFのメンバーたちは果たしてどこまで行けるのでしょうか?

出発前の諸注意を・・・

@メンバーの中で中里介山著「大菩薩峠」を読破した人は、果して何人いるのか?でも、映画「大菩薩峠」をみなさん納得して観ていますか?介山は映画化にあたって「原作を歪めるな、原作に忠実に映画化しろ」と厳命したそうです。(紫舞姫さんは数少ない読破組。みわは老後の楽しみ?に取ってるのだけど・・・81年に購入したので表紙は雷さまじゃないの・・・)

A青梅映画絵看板をじっくり観察してください。でも、決して「似てな〜い!!」と叫ばないように。

B何しろ、三連休の初日です。道路の混具合でスケージュールがどうなるか判らない。

総勢25名(ゲスト:真城千都世さん、小林勝彦さん)でいざ!出発。目指すは青梅宿映画絵看板街道。

 バスの中を見回すと、毎回素敵なお着物姿のつや子さんも紫舞姫さんも本日はさすがに、洋服で山歩きの覚悟を忍ばせる。大体、あの難所の大菩薩峠を雪駄に着流しでスタスタ歩けるわけが無い!竜之助も狂四郎も暑さ寒さも感じずに、旅の空を孤影をかみしめて歩いてるのだけど、これって映画の世界、まやかし・虚構の世界。でも、それを承知で虚構の世界の縁の地を訪ね歩こうというのだから、偉い!(すご〜い自画自賛)

最初の目的地・青梅ですが、ここは裏宿の七兵衛のふるさと。何と!彼は実在の人物だったのです。

*裏宿の七兵衛は介山の創作した人物と思われていたが、青梅市内の名主の日記に書かれた文書が発見され、実在の人物であることが判った。それによると、元文四(1739)年青梅の裏宿に住まう百姓七兵衛を首領とする盗賊団(本物は一匹狼じゃなかったのね)が捕らえられ、多摩川の大柳河原で処刑されたという。(大泥棒は、みんな河原で処刑されるのね)その墓は市内の宗建寺にある。

*墓とは別に市内裏宿地区(ちゃんとした地名なのね)の青梅中央図書館裏に七兵衛地蔵が祭られている。この場所、元は七兵衛の持畑で、これに手を入れると七兵衛のたたり(よ〜く聞く話ね)があるとされ、ここに郡の役所があったらしいが不慮の災厄が続発。公費で建てられた地蔵堂ということだ。同じような理由から、七兵衛の屋敷跡は児童公園に、別の持畑は寺へ寄進されたそうだ。まるで将門首塚の青梅版である。

 青梅駅前に降り立った面々は、まず健脚と本日の無事を願って七兵衛地蔵さんにお参りしました。線路を越えて向ったのですが、わいわいがやがやそのうるさいこと!さすがの七兵衛さんもうるさい奴らが来た!と辟易したかも・・・。

 映画の中で七兵衛を演じる見明凡太郎さんは、そんなに足が速そうには感じないのですが(結構、おじいさんにみえるのですが?)市民参加の青梅マラソンのお膝元ということも手伝ってか、早足の七兵衛にあやかって、ランナーの参拝が多いそうです。

早足?の連中はさっさとお参りを済ませて、絵看板をめざすし、ごゆっくりお参りの人もいるし、お参りの後はモーニングコーヒーの人もいたらしい。

 

七兵衛地蔵