題名は『濡れ髪三度笠』。箱根の関所から追っ手に追われて立廻りになるシーンです。なにしろ、三十五度を越える暑さに“かつら”をつけ衣裳をつけると・・・考えただけでもあぁ・・・「やくざ物だからいいけど、武士なんかやって御覧なさい可哀想な様ですよ」と・・・。雷蔵さんも一カット写しては日傘の中へかけこみ、お付きの人からうちわで風を送ってもらっている。ところが雷蔵さんは、いつも一箇所にじっとしていず、カメラの横とか、脇役の人達の中とか、田中監督のわきなどに居るんで、一寸目を離すと探し出すのに一苦労。
大きく作った円陣の中に、雷蔵さん、本郷さん、淡路さん、玉緒さんが入り、一せいに切りこまれるシーンは大変です。キラキラとリフレクターに反射された刀がなんときれいな事、雷蔵さん達はどこに行ったのかいな・・・いました。カメラから切れるため急勾配の山をよじのぼっています。そんなカットが二、三あって今度はロングになる。山の上まで三人がかりでカメラをかつぎ上げ、そこからの撮影である。そのため見学者は勿論どこかえ避難しなければならず、足場の悪い所だけに苦労した。
殺陣師が三人、幾組かにそれぞれ殺陣をつけてテスト、山の上から“拡声器”で監督さんから注意がでる。映画で御覧の様に、橋の上で切られて川に落ちる人がいるんですが、今日ばかりはこの役もうけ役ですね。出番のない脇役の人が、十人ばかり見ていた見物の人達と私も同じだと思って「どうこんな撮影、面白いか」なんて聞いていましたが、「私はね、雷蔵さんのお仕事を見ていればつまらない事なんかないんですよ」と云ってやろうかな・・・と思ったんですが、千葉敏男さんや、伊達三郎さん達にジロリと見られたら、ただニヤニヤするのが精一杯。
雷蔵さんはと見ると、着物の左袖が切れて、切られた所にマーキュロでもぬってあるのか赤くなっている。場所がだんだん移動して行って、私のいる所からだいぶ遠くなった。時々、雷蔵さんのカン高い声が聞こえる。場所がせいまいだけに遠慮して行かない事にする。夏の太陽は増々強く照りつけるまさに絶好のロケ日和。「来ていて顔出さんと後で何やかんや云うから、一寸行って来ますわ」と森本さんが雷蔵さんの所へ行く。その結果、あといくらもないから帰りましょうよと云われ、名残り惜しみつつ現場を後に撮影所へ。今日もA班、B班とわかれて追い込み撮影との事。
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