シナリオと撮影所@

監督部 大映 森一生

 『朱雀門』のコンテを一節という注文である。実は『朱雀門』搬入したばかりで、まとまったセットは、次に挙げる熊の倉屋敷だけである。監督によっては、セットに入るまでに、すでにコンテの出来ている人もあるが、映画の綜合性を総括する仕事が演出であるとするならば、その技術、演技はセットに入るまでは、明確につかむことは出来ないのではなかろうか。私の場合、各シーンを如何に処理するかの最終的結論はやはり、カメラを据えて演技者に演技してもらってのちに、はじめて具体的なイメージが得られる。

 同じシナリオの同じシーンを演出しても伊藤さんには伊藤さんの行き方があり、溝口さんには溝口さんの行き方がある。同一シーンを取扱って百演百様のシーンの生れるところ各監督の味というものが生れる表現されたものが自己に帰るのは批評家だけではない。そこに演出者の喜びも苦しみもあるのであろう。

 次に挙げたのは、シーン24・熊の倉屋敷における私の演出である。画コンテも写真も掲載出来ないので、この解説を読んでもそのイメージを浮び上がらせることは困難事であろう。シナリオと出来上った映画とを比較検討して頂くより外にないであろうが映画を御覧になった上で、僕ならば、というような意見を聞かして頂ければ幸いです。

 @所司代酒井忠義を前に、友房が冷たい笑いを浮べながら、

友房 「まず五千石ですな」 
酒井 渋面を作って)「欲の深い奴だな」
友房 「勿論欲です。御降嫁がととのい、公武合体が実現すれば、五千石は安いものでしょう。尤も商談が
成立たねば引退るより他にはないが・・・」
酒井 「商談とは何だ」

 ☆火鉢を中にして上座に酒井(三島雅夫)下座に友房(東野英治郎)が対座している。友房は占師であり、このシーンが熊の倉の屋敷の紹介となる。

 そこでカメラはこの屋敷の雰囲気をつかむために祭壇に向けられる。祭壇に巫女が供物を飾っているところに友房の「まず五千石」と云う台詞がかぶってカメラは部屋の方へゆっくりパンしてロングで二人をつかむが、このカットでは上座の酒井は襖で切って友房一人だけを見せる。

 ここで酒井をみせなかったのは次のカットの頭を酒井一人から始めるためである。このカット、---秒。

 A

酒井 「商談とは何だ」
友房 「私はただの占師に過ぎません。所司代のあなたは天下の大事だが、私には商談の材料です。朝廷も徳川家もお得意様ですからな」
酒井 「抜け目のない奴だ。五千石なら御降嫁を仕上げるか」
友房 「いや、これもまた商いです。関白や岩倉侍従がどんな条件を出すか、まず私が五千石なら、岩倉が一万石、関白は二万石という所が相場でしょう」

 ☆二人の対座している部屋の敷居にそって移動車を敷く。最初、座った酒井一人を画面一杯位の大きさでとらえ、友房の始めの台詞の間にカメラは酒井にゆっくり前進。 

 これは友房を画面に出してしゃべらせるより、友房の台詞の酒井に与える影響を見せる方が効果的だからだ。カメラの前進が止ると共に酒井の台詞になり、次の友房の「いや、これも亦・・・」の頭で友房一人へ早くパン。座って画面一杯位の大きさでフィックスのまま友房の台詞。このカット、---秒。

 B

酒井 (憤然)「虫のいいことを言うな、よい、もう其方には頼まん」

 と立って出かける。

 ☆酒井一人をバストでつかみ、酒井立上る動きでカット。---秒。

 C

友房 (平然と)「将軍はお年若で幕政をとる力がない所へ外国は武力で脅かして開国を強要して来る。外様大名は幕府を信じなくなり、天皇を利用して倒幕を企らむ。ま、今日のこの政情を収拾するには朝廷と幕府の統合、つまり公武合体の他はないでしょうからな」
さりげなく言って、うすら笑いを漏らす。立ち去りかねてグルグルと友房の周囲を往き来していた酒井忠義は、
酒井 「よし、いずれ後刻(忌々しげに)よいか、わしが来たことは、くれぐれも他に漏らさぬように」
友房 (笑って頷く)
酒井 「では」
と出て行く。

 ☆カメラは第一カットと反対(切り返し)の位置で友房一人をバスト(七分身)でつかみ、友房の台詞の間にゆっくり横移動して立去りかねている酒井を画面に入れる。台詞終って酒井廊下(カメラから遠ざかる)へ切れる。友房、それを見送って立上るところでカット。このカット---秒。

 D暫くあって、次の間の襖を開けて岩倉侍従が華やかな振袖を肩にかけて出て来る。

 ☆シナリオでは岩倉が出て来ることになっているが、格式からして岩倉の方が上、更に酒井対友房の応酬も一段落の意味もあって、ここは「隣室で待っている岩倉」に変更、カメラは、椅子に腰掛けて振袖を手にしている岩倉をフール(画面一杯)でとらえる。

 岩倉、襖の開く音でふとカメラの方へ顔を向けた所でカット。---秒。

 E

岩倉 「熊の倉、一段と役者っぷりが上ったぞ」
友房 「恐れ入ります。やはり侍従がお見込み通りでした」
岩倉 「ふむ、思いの外に焦っているようだな。尤も幕府もこう足下に火がついていてはな」
友房 「侍従は一万石と申しておきましたが」
岩倉 (それには応えず肩の振袖を下して)「これは何だ、お前の所にこんななまめかしい物があろうとは・・・」
友房 「妻の」かたみでございます
岩倉 「おお、では夕秀の母の・・・(意外そうに見下しながら)その凄まじい面魂の下に、そのようなしおらしい思いが潜んでいたのか、はは・・・」
笑いながら振袖を次の間の衣桁に戻す。
友房 黙然とそれを見ている
岩倉 (振袖を見、また熊の倉を見つつ)「わしは一万石などと、そんなしみったれな物はいらぬ」
友房 「では?」
岩倉 「わしの欲しいものは、もっと大きなものだ」
友房 「まだ大きなもの?」

 ☆前のカットより一メートル程カメラ後退。

 画面の右半分に岩倉をとらえ、左半分に友房入ってきて二人の台詞。

岩倉 「しおらしい思いが潜んでいたのか」
で笑いながら立上りカメラの方へ、それにつれてカメラ後退して左画面へ衣桁へ振袖をかける動きで、カメラ衣桁にかかった振袖にパン・ダウン。

 これは、あとでこの振袖を夕秀が着るので、ここで印象付けておくため。更にカメラ、振袖より岩倉にパン・アップ岩倉台詞のあと画面左切れ、友房「まだ大きなもの?」と岩倉の切れた方を追いながらカメラ前へ。このカット---秒。

 このカットの前へカット・イン(ワンカットの間へ挿入されるカット)として、友房の「妻のかたみでございます」のアップと次の岩倉の「おお、では夕秀の母の・・・その凄まじい面魂の下に、そのようなしおらしい思いが潜んでいたのか」のアップ、二カット撮る。これは、各カットを繋いでみて必要なれば挿入するための予備的なカットである。各カット、---秒。

 F

岩倉 (静かに廊下を歩く)「徳川三百年の大屋台も、もう根太が腐った。ほんの一押しで江戸の幕府は潰れる」
友房 (目を光らし、その姿を追って凝視する)
岩倉 「天皇の威厳を誇示するためには、朝廷が幕府に割込めねばならぬ。そうなれば我等の力が幕府を圧し、民衆を圧する」

 ☆先に酒井、友房二人の座っていた部屋から酒井が出て行った廊下、つまりセット一杯に移動車を横に置き、岩倉をバストで横移動(つまり岩倉がしゃべりながら廊下の方へ歩くのつけてカメラ横移動)。

 岩倉の台詞は説明不足なので、次の如く変更「そうだ、今の時代を見ろ、歴史はわっ我の想像以上の早さでその流れを変えようとしている。徳川三百年の専制政治は、もう一押しでつぶれる」(このあとに、じっと聞いている友房のバストをカット・インする。---秒)

 「天皇の威厳を誇示するためには、この流れを利用して朝廷が幕政に割込まればならぬ・・・」---秒。

 G友房 「それにはまず御降嫁の成功がなければ・・・」と声なく笑う。

 ☆友房一人バスト。---秒。

 H岩倉(無表情。笑いもしない)

 ☆前のカットの友房よりやや大きめの画柄で岩倉一人、友房より無表情のまま、庭の方へ顔うつしてカット。---秒。