新設のAステージ四百坪一杯に組立てられた松の廊下のセットは幅二間、三尺の切縁附長さ二十五間、大名溜八十五畳、その他控の間、蘇鉄の間等々諸部屋を含み、欄間の彫刻だけでも三十八箇あり、総工費二百万円。撮影は九時キッカリから始まって、第一カットは雷蔵の浅野内匠頭が怒りをおさえて滝沢修の吉良上野介に教えを乞うという緊迫シーン。

 名にしおう早撮りの名人渡辺監督の選出振りは正に快調そのもので、一・二回テストをすませてすぐ本番、はなやかな黄色の大紋烏帽子姿をした雷蔵の内匠頭は悲しみと怒りの表情にみちて、冴え返るばかりの美しさ、しかもベテラン中のベテランともいうべき滝沢修の憎々しい吉良に対して一歩の遜色も見せぬ演技振りで、初めて彼を撮る渡辺監督も舌を捲くくらい。滝沢修は渡辺監督と東宝JO作品『男の度胸』以来二十一年振りの顔合せの昔なじみだが、この日初めて同監督の演出振りに接した市川雷蔵は「テストを何回も繰返されると、どうしてもお芝居じみて来て、今日の渡辺先生の様なフレッシュな気持でやれません。内匠頭の怒りなり悲しみなりが、演技というより先生に感じてやれて、こんなに気持のよかった事は近来にありません。その代り、撮影中は一瞬の油断も出来ないし、撮影前の心構えとして丁度『新平家物語』で溝口組に出ていたのと全く同じです」と同監督にベタ惚れの形だった。

★雷蔵は洋服姿で衣裳監督?

 二日目には現代劇の菅原謙二、根上淳が登場したが、菅原はすでに四本の時代劇に出演しているが、根上は時代劇は初出演。いずれも着付は全部衣裳部まかせ。午前中に撮影を終えた内匠頭役の雷蔵がスポーティな洋服姿で現われて、何かとこの両人の世話を焼いていたが、丁度時代劇と現代劇入れ替りのような面白いコントラストを示していた。