お返事

 

映画ファン 58年11月号

 

b子さんへ

 『炎上』をみて頂きありがとうございました。この主人公の溝口吾市というのは、ドモリであるというのが、劇の重要なポイントをなっています。このためぼくはドモリの学校へ行き、その心理に就いていろいろ研究もし、教えられもしました。この役を得て、始めてドモリの人々の追い詰められた心理と、この溝口には周囲に愛する人とて一人もなく、理解ある人すら一人もなく、すべての人が彼を裏切ってしまったのです。その環境の中に置かれて、彼は国宝に放火するという大それたことを敢てしなければならなかったのです。だがあなたの場合にはやさしいお母さんがおいでですし、また全国の同じ苦しみをもつ方々にも、よくごらんになれば、理解のある人、愛する人というのはあるものです。あまり引っ込み思案にならず、どしどし人とも相談して明るい気持で生き抜いて下さい。

 ぼくが、ドモリのことを教えて頂いた先生も、もとはドモリだったそうです。ところが落ちついてものを云うという修練をへて、今では普通人とは何ら変らない状態です。ドモリというのが、不治のものでなく、なおりうるということをよく心に留めて、出来るかぎり、その機会を求めて下さい。自暴自棄におちいったり、ひねくれたりせず、胸をはって世の中を堂々と歩んで下さい。もしぼくに御相談でもしたいという方がありましたら、ぼくに出来うる限りのことはしたいと思います。溝口の役をぼくがやり、ドモリの人々の苦しみというものを知ったぼくとしても、出来うるだけの協力を惜しまないつもりです。

 どうか、みなさん、明るく、元気で生き抜いて下さい。

 市川雷蔵