すがすがしい印象残した『陽のあたる坂道』

 

 今年の日本映画は総製作本数520本前後という。数の上は文句なし世界一であるが、さてこの中から一流の作品をえらぶとなると相当の難事業だ。そのなかから私の主眼で選んだ15本をあげて簡単な論評を加えてみたい。

 『張込み』(松竹)は、何といっても映画的な瞬間に妙味があった。強盗犯人を追う刑事が、辛抱強い張込みを行ううち、その視野のなかに意外な人生がくりひろげられる。犯人の昔の恋人が今はしがないサラリーマンの人妻となっており、必死に妻の座にしがみついている女の哀れな日常が如実に眼前に展開する。パースティーブなカメラの目が写しとった人生スケッチに実感があった。野村芳太郎監督。

 『女殺し油地獄』(東宝)は、江戸時代の無軌道な青年の行為が、そのまま現代の青年に通じる典型的な人間像に興味があった。世の不良青年が自分の愚行を世間や家族の罪になすりつける。その主人公の無責任さを、えぐるようなタッチで追いつめてゆく堀川弘道の演出に鮮度がある。

 同じ近松モノの映画化である『夜の鼓』(現代ぷろ)は、封建の世の武士のオキテの見ぐるしさ、非人間的なモラルを近代人のものを見る目で客観的に描いている。今井正の演出態度は堀川弘道のそれより、更に批判的であり、それだけにより描写のするどさがあった。ラストの報復をした主人公の虚脱に似た心理表現など、特に見事だった。

 『螢火』(歌舞伎座映画)もまた、封建女性の弱い立場とそれにもかかわらず根強い生き方を描いている。ヒロインの情感表現に五所平之助らしいキメのこまかさがあり、前記の二作品とともに、時代劇のパターンを打破ろうとする意欲がうかがわれるのがたのもしい。

 『陽の当る坂道』(日活)鶴見俊輔が“精神衛生”に特効のありと認めたように、変則的な退廃的な日本の家族制度のなかで、石原裕次郎の主人公が率直な生き方を示して、周囲を感化してゆくプロセスがすがすがしい印象を残す。田坂具隆監督。

 『巨人と玩具』では、現代の社会機構のなかで圧殺され、悲鳴をあげる川口浩の主人公の姿に割りきれない後味が残るが、マスコミが作り出す虚構の人気者の生態が、風刺的でおもしろかった。白坂依志夫のオリジナルの力。増村保造のスピーディな演出感覚の快感。

 『暖簾』(宝塚映画)は、大阪商人の流儀にひるまないド根性が、明るい笑いを呼び、人生の可能性を展望させるものがあった。川島雄三監督。

 同じことは『つづり方兄妹』(東京映画)でもいえる。フーフーという愛称で呼ばれる楽天的な子供が、この貧乏物語にさわやかな明色を点じていた。またこの作品はいずれもユーモラスな大阪弁の使用が、ドラマのよきアクセントとなっていたことを注目したい。