「・・・本年中には結婚したい」二月六日、市川雷蔵(30)は宣言した。「花柳界や女優ではなく、あたりまえの家庭から花嫁を」という彼の結婚の条件は、話題を呼んでいる。

 妻の条件にかなう第一の人

 中村玉緒のばあい。「もし、二人がむすばれれば理想的なのだが」という声がある。とくに、関西の歌舞伎界に強く・・・。市川寿海(なりたや)と中村鴈治郎(なりこまや)。・・・六年まえ、坂東鶴之助の松竹脱退をめぐる確執から、二人のあいだに、みぞが掘られた。おたがい個人的には、なんのウラミもない。が、カブキ界の封建的な人間関係が、仲をへだてた。そのときから、上方カブキの斜陽が、はじまる。

 実川延若、坂東寿三郎、中村富十郎、巨星の死がつづいた。若手スターは、あいついで映画にはしった。大谷友右衛門、中村扇雀、嵐鯉昇(北上弥太郎)、そして市川雷蔵も・・・。・・・その落日の上方カブキに、いまひとたびの栄光を。という関西劇壇の、おおくの人びとのねがいが、雷蔵・玉緒の結婚というウワサを生んだ。

 二人が結ばれれば、父親である寿海・鴈治郎の和解も成立する。つまり、上方カブキの大同団結、ルネッサンスの夢が、そこにえがかれる現実になる・・・。「そうあってほしい」という願望が、いつか「そうなるだろう」という憶測に変わった。「カブキの名門である市川家のホステスとしては、やはり梨園に育った玉緒が最適任者だ」(演劇評論家・菱田雅夫氏)、「ほんまに、最高のカップルや、と思います。玉緒ちゃんやったら賛成や。美しくて、かしこくて、おとなしい。ええ嫁はんになりますやろな」(寿会=寿海と雷蔵の後援会=幸谷会長夫人)

 ・・・そして、鴈治郎も、

 「雷蔵君と玉緒なら、そら結構なことですわ。反対しまへん」

 ・・・らく夫人の死で、市川家の主婦の座があいている。いま、大阪新歌舞伎座に出演している寿海は、不自由なホテルずまい。初日には、雷蔵がつきっきりで、父親の世話をやいた。

 「だから、一日も早く、女房をもらわなくてはならん。家庭をまもる女性をさがし、父親に孫の顔をみせて安心させるのが、雷蔵の義務だ」(永田社長)

 家庭のひと。“妻”という、しとやかな、たたずまいが、ぴたりと板につく、おんな。中村玉緒の、かれんで貞淑な印象が、そこで浮かび上がる。