大映京都の看板スター、市川雷蔵の花嫁さんがトツゼン決った。「ぼくの理想のひとだ」というその女性は、大映社長永田雅一氏の養女に当たる遠田恭子さん(21歳)で、日本女子大三年在学中の、近代的な教養を身につけたひと。

以下は喜びに沸く市川雷蔵・遠田恭子さんとの独占インタビューと、話題の二人の婚約にいたるまでのルポである。

ぼくの心に描いていた女性です

「僕は同業者、つまり女優さんとは絶対結婚しないと思うな。もし結婚するんなら、芸能界とはおよそ無関係な、普通のお嬢さんがいい・・・・」とかねてから親しい友人たちに語っていた市川雷蔵がその言葉を裏書するかのように、

「私は本当のことをいうと芸能人とか、有名人はあまり好きでないんです」という当節の若いお嬢さんとしては、珍しくひかえめでやさし気だての持ち主、日本女子大家政学部児童科三年在学中の遠田恭子さん(21歳)と結ばれることになった。

市川雷蔵にとっては、まさに自分の心の中に描いていた通りの願ってもないお嫁さんだし、恭子さんにとってはあまりすきじゃなかった芸能人の中から、奇しくも“背の君”を発見することになったというわけだ。

婚約発表は、十二月二十八日。挙式は、三月二十七日ホテル・ニュー・ジャパンで、大日本精糖社長藤山勝彦氏の媒酌で行われることになったが、まず、結婚に踏み切った話題のスター市川雷蔵に、婚約についての心境を聞いてみよう。

 恭子さんを生涯の伴侶とする決心を固めた理由は?

雷蔵 僕がいつも心の中に描いていた、近代的で明るい女性という、イメージどおりの人だったからやな。

 彼女と初めて会ったのは・・・?

雷蔵 急のことなんで、いつだったか、昨年の夏過ぎごろだったかな・・・・。はっきりとよくおぼえておりへん。

 将来の家庭設計について。

雷蔵 ぼくはね。家庭づくりというもんは、男一人でできるものではないと思うわ。むしろ女性が中心となってできるものなのやと思うわ。だからこれからは彼女を中心にやっていかなならん。二人のアイデアを生かしてね。

 新居は?

雷蔵 とにかく急のことやでな、まごついてるわ。当分ここの家(鳴滝)になるやろうし、いま、家のウラ手を改築中や。

 仕事のスケジュールは?

雷蔵 正月は、三日まで橋(幸夫)君と国際劇場の実演に出ることになっているし、それが終わると衣笠(貞之助)監督の「婦系図」や。相手役はまだわからへんけどな。

そういってニッコリと笑う雷蔵の顔は、やはり喜びごとをかくせない春の表情だ。(週刊平凡1962年1月10日号から)