初恋の乙女の家

長門 久しぶりに京都へ帰ってきて感じたんだけど、たいへん観光的な意味で発展しているのかも知れないけれど、従来の古都という感じはだんだん失われつつありますね。

市川 そうですね。僕が生れたのは今の木屋町です。今はバーばかりでしょう。昔はあんなものはひとかけらもなかった。それからみてもわかる、京都の変ぼうぶりがね・・・。

長門 ほんとうに・・・。

市川 夜なんかは、せいぜい四条通りぐらいで、ひっそりしてたものですけどね。まあ観光都市もけっこうですけど・・・そのクセ税金は高いんだから(笑)

長門 もう少しうまく変ぼうする仕方があるんじゃないかな。僕が竜安寺に住んでいた頃、何か悲しいこととか、喜びがあるとき、夏なんかセミの声が聞こえて、一段と静けさが増して、わびしい感じがして、その中で石庭をねころんで見ているということがあった。今は足の踏み場もないくらいだし、竜安寺の経営する駐車場ができてまるで見当がつかないような変り方です・・・。

市川 便利にはなったけどね・・・今の僕の家(鳴滝)の附近は全然開けてません。

長門 今、雷蔵さんが入られておられる家、たいへん思い出があるんですよ。

市川 それは?

長門 まだ竜安寺に住んでいるときですから高校時代かな・・・好きで交際していたおさげ髪の乙女がいたんですよ。その女の子の家が雷蔵さんのいまの家でした。

市川 たしかお医者さんだったんじゃないかな。

長門 そうです。経済的な理由で没落してしまい、そのあとに雷蔵さんが住んでいらっしゃる。

市川 ほう、こりゃ意外なめぐりあわせだ(笑)

長門 だからお宅の附近を徘徊したこともあるしね(笑)あの辺は完全なる住宅地ですね。

市川 あんまり小さな家はありませんね。たいへん閑静ですよ、風致地区だから・・・。そのかわり、家をいじるにしても、届けなけりゃならんし、派手なペンキ塗りの家や、色のついた瓦なんかは許可がおりない・・・。

長門 いま増築中ですって、新婚にそなえて・・・。

市川 うん、ほんの少しね。まだ半月ぐらいはかかる。

長門 間取りは?

市川 二間です。応接室と寝室です。

長門 結婚なすったら京都にお住みになるんですか?

市川 まあ、一応。でも東京にどこか住むところを探しているんですけど。いろんな仕事するのはやはり東京でしなきゃならん。いうなれば京都は工場みたいなもので、工場でやる仕事以前のものは、どうしても東京ということになるから。

長門 東京にいるだけでもいいですね。

市川 へんに落着いちゃうよ、京都にいると・・・のんびりしちゃってね。

長門 僕は竜安寺の檀家なんだけど、このあいだ墓詣りのとき住職に会ったんで、土地を少し売ってくれといったんですよ。老後京都に住むという形で土地を買っといたほうがいいから・・・。住職もいってたよ、仕事をしなくなって隠居するんなら京都に住めって・・・

市川 しかし、京都は気候がきびしいから、夏とか冬に割合とこたえるんじゃないかな。年寄りにはむかんよ(笑)でも空気はきれいでしょう。東京の空気はきたないよ。たまに飛行機でいくとウワーッと思うよ。何ともいえん煙のような煤煙のような・・・夕方なんかとくにわかるね。空気の汚れかたが・・・。

長門 汚染がはげしい。東都知事と正月に対談したときもその話題が出ましたね、都知事も頭を痛めてるらしいね。