東山三十六峰も静に更けて、
ここ三条大橋にほど近き宿の一室に集いし剣豪三人男。
剣戟の響きならぬ自動車の警笛をききながら語る今宵の話題は−

腹がへっては

大川: やあ、どうもしばらく。

市川: どないしてんや、元気そうやな。

北上: 顔色もえろう、ええやないか、けっこうなこっちゃ、ああ腹がへった。

市川: なんや、来るそうそう、話しもせんうちから。座談会やで、今日は。(笑)

北上: わかってる、わかってる。そやかて、腹がへっては話もようでけへんね。

大川: 腹がへっては戦が出来ぬか。でもロケへ行って弁当たべるのはうまいね。

北上: 全然うまいね。朝出るでしょう、七時に食べるからね。ロケーションに行くと、時計見なくても、ちゃんとお腹の方で十二時になったよって知らしてくれるんや。(笑)この間のロケでね、お昼までに済むっていうから、弁当持たずにいったんや。僕の出ないうちに昼食になってしもうた。さあ、お腹の方でだまっててくれんのや。

市川: 何んかいうたかいな(笑)

北上: グウー(笑)あほな、お腹がしゃべるわけないやないか(笑)しょうがないから、人の弁当だまって見てたんや。そしたら、水原真知子さんの女中さんが「どうぞ」って僕にくれるんや。

大川: それたべたの?

北上: おおきにって、全部たいらげた。

市川: あつかましい男やな(笑)

北上: そやかて、腹がへってんやものしょうないやないか。立廻りをすれば腹もすくわ。

大川: 空気のいいせいもあるしね。

北上: 昔、阪東妻三郎先生が、ロケで昼食をとっていると、ファンがそれを見て「阪妻がめしを喰ってる」って・・・阪妻さんかて人間やものめしはたべますわね(笑)。そんなこと、よく云われますね、われわれも・・・。

大川: なんだか人間じゃないような気がしてくる(笑)しかし腹はへっても、立廻りっていうのは、僕好きだね。刀を抜けば人を斬るという場合・・・。

北上: 気が合うというのが一番いいね。こっちが斬っているのに死んでくれなかったり、斬ってもいやせんのに、えろうあわてて死んでくれはったり(笑)気が合わんのは気持が悪いけど、うまく気が合って死んでくれた時は、ホントええ気持やわ。(笑)

大川: 東映の人は皆んなうまいから、その点たすかりますよ。パッと斬って死んでくれると、こっちだってフンイキにのってくるしね、まわりの人がうまいと得だね。この間『江戸三国志』のロケで亀岡の方へ行ったのよ。河原で一日中立廻りをしたんだけど、全然ケガなんかしなかった。何ともなしに無事に済んだのにね、帰って来てから足を洗おうと思って、足をすりむいちゃった。(笑)立廻りで怪我をしないで、足を洗っている時にケガするなんてね、バカみたいだけどもさ(笑)

北上: 立廻りで怪我をするのは手ね、よく手の先をやられますよ。受けそこなった場合にね。この間も、ここを(と左ヒジを見せながら)やっちゃった・・・。

市川: 気イつけなあかんで。

北上: それが、野球しちゃったんだ。けどそんなこといえんもんなア(笑)猛烈なスライディングをやったんや。

市川: なんや人に心配させといて、それでどやった?

北上: アウトや(笑)

大川: アウト(後)がいけないね(笑)

提灯型のグローブ

市川: あいかわらず野球やってんやね。

北上: 強ようなったぞ、大丸には負けたけど。もっとも相手はノンプロやから。

大川: ポジションは。

北上: ファーストで七番や。

市川: 一塁があかんので負けたんやないか(笑)

大川: 僕はね舞台にいるときは全然、野球できなかった。女形でしょう、だから内またになっちゃうのよ。駈けることだって、女の子が駈けるみたいでね、バッター・ボックスに立ったときでも女の顔になるしさ。その中に、劇団でも健康のためチームを作ってやり出してね。こっちも好きだから、一緒にやっているうちにどうにか直ってね、この頃ではようやく男性的になったけどさ(笑)

市川: 戦争中はゲートル巻いて野球をやったんやてな。

北上: 英語もつかわずに、戦闘帽をかぶってね。アウトは「ダメッ」といったりね(笑)

大川: 「一本まいったッ」なんてね(笑)

北上: キャッチャーがご用の捕手のような形をしてね。(笑)打つ人が丹下左膳や鞍馬天狗の扮装してやったら面白いね。

大川: 捕手が提灯型のグローブ持って・・・(笑)

市川: わらじがけでね、面白いやろな。

北上: 鞍馬天狗が馬に乗って出て来て・・・(笑)丹下左膳は困るね、片方で打たなくちゃいけないから・・・。

大川: 宮本武蔵は二刀流だな、二本バットを持って、一本で三振しても、もう一本打てるしさ(笑)

北上: 荒木又右衛門はホームラン王や、三十六人斬りやでな(笑)

市川: 盗塁王は誰や。

北上: 堀部安兵衛かな。ちと心配やな、途中で酒をのんだりしては(笑)

大川: 自分の事云ってるんじゃないの北上君は。(笑)やっているみたいね、なんとかしてさ、こういう珍野球。

北上: ぜひやりたいね。今度会う時までにメンバーを考えておこうよ。