生れかわる殿上人

山本 台本には、年令が指定されてないんで困ったんです。衣笠先生は、ワザとらしい年令的な動きことに、成年期の女らしさをワザと出してはいけない、とオッしゃるんです。最初田舎から出てくるんですが、この時も、野性的な感じと一緒に、やはり高貴の血統を引く気品をこめなくちゃいけないんですネ、とッてもむずかしいワ。その点、感心したなんて云ったら失礼なんですけど、長谷川先生や雷蔵さんの、殿上人らしいオ品の良さ、しかも、自ずから備わっているとでも云うんでしょうか。

長谷川 あんた、それは無理もないヨ、私なんか「源氏物語」では御存知のように光源氏、今度は、その息子の薫の君でしょう、ちゃんと殿上人の伝統がある。(笑)

市川 そう云えば、ボクも「朱雀門」では、有栖川の宮ですからネ。やはり、どっかにアラそわれないモノがあるのかナ。(笑)

山本 そんなのないですヨ。(笑)でも、いかがですか、父子二代のゴ感想は。

長谷川 父子二代のゴ感想とは、イヤな質問やナ。これもなかなか面白いんだヨ、源氏は、この作品で云うなら、匂の宮的傾向の人物でしょう、ところが、薫の君というのは、七百年も前のプラトニック・ラブの信奉者、源氏に云わせれば、まことに不肖の子とでも云うか、超ウエット派だからネ。(笑)多分に、源氏のイメージがあるから、私としてもキワメテ慎重に演ってるのや。全然正反対な性格なんだからネ。

市川 ボクもそれがあるんですよ「朱雀門」の有栖川の宮は、和宮と悲恋をするウエット派なんですが、こんどは行動兼官能派でしょう。最初は切かえに多少の混乱を生じましたネ。(笑)

山本 その気持分りますわヨ、私だッて、「朱雀門」では夕秀でしょう。この女性は情熱派ですからネ。それに浮舟じゃ、年令的な成長の経過をどう表現するかに、苦心させられました。野性的な少女が、都に出てきて薫の君を知って、精神的に女としての芽生を感じます。そして、匂の宮に手をにぎられて、初めて、男女の世界を垣間見るわけなんでしょヨ。

長谷川 その垣間見た対手が悪かったんだヨ(笑)

市川 どうもドン・ファンはニクまれていけないナ、これでファンの信用を失ついするんじゃないかと心配です。(笑)

長谷川 浮舟の成長してゆく年令的なものを出すのはむずかしいやろと思うネ、でもあんたなんかうまくやっていた。

山本 そうでしょうか。だッたらうれしいんですけど、台本には、薫の君への精神的な思慕、これは激しいものなのですが、それと、匂の宮に犯されてのちの二人の男性に対する心理的なものが出てないでしょ。衣笠先生にいろいろとお教え願ってるんですけどその一人、一人の男性に対する場合の浮舟の心理的なうごき、とってもむずかしいんですの。

市川 それは判るナ。薫大将に対するプラトニックなもののうちには、やはり浮舟は、異性というものを強く感じてるわけなんだからネ、そして成熟した女としての欲望もフクまれているんだよ。

山本 まア、ヨクボウなんて。(笑)

長谷川 そうなんだよ。でも、薫は、プラトニックの信奉者だからネ。肉体的なものより精神的なものによって結ばれた男女というものを過大評価してるのやナ。という原因は、貴族たちの乱れた性道徳に対して、反抗し、嫌悪している。その中で、初めて浮舟の清楚な姿を見て、自分の理想を貫こうとしたんだけど、現実は薫の思うようなものやなかった。

山本 ええ、心の中では、薫の君を激しく慕っています。その愛情の強さは、匂の宮の誘惑をしりぞけるに充分な位、それでも、薫の結婚話を聞き、その動揺を利用され、匂の宮に強引に迫られると、女心のモロさをさらけだして犯されてしまうんですネ。