名作、大作、ヒット作はお呼びじゃない。噛めば噛むほど味の出る映画、それがするめ映画。映画好きの偏愛が炸裂する対談&鼎談集。ゲストは、和田誠、村上春樹、都築響一、中野翠、リリー・フランキー、安西水丸、川本三郎、糸井重里。(10/30/10 文藝春秋社刊)

市川雷蔵のすごさを見よ!

『眠狂四郎 人肌蜘蛛』 ゲスト 都築響一

都築 もともと、僕たち二人と村上(春樹)さんは「東京するめクラブ」というユニットで、一般的には注目されていたけれど、見方を変えれば、逆に面白いものがたくさん発見できる場所を訪ねていた(文藝春秋社刊「地球のはぐれ方」で単行本・文庫化)。

 だから、今回は誰もが知っている名画ではないけれど、よく観ると面白い、「するめ映画館」で取り上げるべき映画の典型として、市川雷蔵主演の『眠狂四郎人肌蜘蛛』を挙げてみました。これは雷蔵主演で十二本作られた人気シリーズで最後から一本前になる1968年の映画です。

吉本 都築さんは、60年代とか70年代初めの日本映画を集めているんですよね。とくにB級中心に(笑)

都築 普通、昔の日本映画というと黒澤明だとかになるんでしょう。でも、言い訳なんですけれど、70年前後というのは、日活がロマンポルノ路線になっちゃう直前で、もう映画の全盛期じゃない。だからA級とは違う、たぶんB級ではあるけれども、そこに当時のリアリティが一番出ているんです。

 作品の質というよりも、一回観て楽しんでくれればそれでいいというもので、みんなが楽しんでいた映画のほうが、時代の気分を映していて面白い。『眠狂四郎』シリーズも年に二本くらいのペースで量産されていて、この『人肌蜘蛛』くらいになると、あんまり深くは練られていないけれど、そもそもプログラムピクチャーとはそういうものだし、そこにこそ逆に面白いものがたくさん発見できるんです。

吉本 市川雷蔵は亡くなる直前までこのシリーズに出ていたんですよね。これを撮っている頃はもう、彼特有のシャープさが、弱まっているような・・・。

都築 死の一年前の映画で、すでに撮影のときもベストな状態とはとてもいえない。けれど、『男はつらいよ』みたいなヒットシリーズだから、コンディションが悪くてもとにかく撮らなきゃならないという事情がある。

 しかも、シリーズの最初の方は映画としてはしっかり作られていたけれど、たくさん作ってきたから、もうネタも尽きたということで、どんどん猟奇的になっています。

吉本 なっちゃっていましたね。私も、このシリーズの初期の何本かは公開時に観ていたんだけれど、それはごく当り前に洗練された時代劇だった。それがこの『人肌蜘蛛』ではすごく変な感じになっていて、ビックリしました。

都築 歪んでいる感じなわけです。

吉本 バテレンの黒ミサとか!

都築 やたらヌードが出てくるとかね。そういう苦し紛れなところがいい。もちろん、純粋な市川雷蔵ファンとか映画ファンは、初期の作品を評価するんでしょうけれど、こういうふうになっちゃったもののほうが、見方を変えれば逆に面白い - 日本の観光地に当てはめると、忘れ去られた熱海だったり、清里みたいな存在じゃないか(笑)。

吉本 『眠狂四郎』シリーズ中の『人肌蜘蛛』のチョイスは意外だったけれど、そういう理由なら確かに“するめ”かもね。

都築 まさに猟奇とはこのこと、といえるすごい変な映画で、市川雷蔵の名を汚すとまではいわないけれど・・・。

吉本 ここの眠狂四郎は市川雷蔵じゃない人がやったほういがいいんじゃないか、っていう気もするくらい。

都築 見方を変えたら、ちょっとソフトポルノとすら言えるもので、しかも猟奇。エロというより、エログロだもんね。こうして日本映画は衰退していくんだけれども、熟して落ちる直前の状態というか、腐りかけの柿をスプーンですくって食べると旨いでしょう。そういう爛熟した時代の映画じゃないか、ということなんです。

吉本 サイケなタイトルシーンを目にしたときから、その種の予感はあったけれど、いやまあ、私は面白かったですよ。昔はやたら円月殺法が出てきて、斬ってばかりのもっと怖い映画のようなイメージでしたが、今回殺陣は二回しかなかった。もちろん斬りまくってはいるんだけれど、初期の頃に比べると、いわゆる真剣勝負のボリュームが減少している。

都築 昔は要するに時代劇はチャンバラのシーンがメインだったんですよ。つまり斬り合いをみせるものだったんだけれど、これはもうチャンバラは適当でいい。雷蔵の具合が悪いこともあるけれど、それよりもエログロ。

吉本 蚊帳の使い方からエロでしたね。女が「薮蚊が多うございますので」って赤い縁取りの蚊帳に誘う場面なんて、淫靡そのものだもん、こんなの時代劇にあり?って目が点になった。

都築 その女はスパイというか、裏切り者だと分かっていながら抱く、みたいなところは、もうほとんど『007』の世界。名言もいろいろあって、例えば、魔性の姫君役の緑魔子が、着物の前をすべてはだけてみせる場面で、狂四郎は「そんなものはもう見慣れている」って、いったいなんなんだ(笑)。マニアが泣いて喜ぶセリフが、ここそこにちりばめられている。

吉本 そもそも、緑魔子がお姫様ってところが私はおかしくて、時代劇からはかけ離れた顔だし、お化粧はバリバリにラメを入れていて、眉毛も髪もすべて茶髪でね。

都築 時代考証なんてもう適当で、ないみたいなものだから。全然、お姫様とはほど遠いかんじだけれど、格好いい。見るからに60年代の新宿、っていう雰囲気。この頃の緑魔子は、まだデビューしてからそんなに経っていないんだけれど、その後、船越英二主演で江戸川乱歩原作の『盲獣』っていう映画に出た。これもまたファンが多い作品。僕自身の日本映画ベストテンの中に入ると思うくらいすごい。最近は、彼女のレコードも再発売されているんだよ。

吉本 緑魔子、いいよねえ。それにしても『人肌蜘蛛』でいちばん面白いのは全編に漂う違和感じゃないですか?最初のタイトルロールの音楽からして「うわぁ、これは変だぞ」となる。サイケだもん、どう考えても、時代劇の音楽じゃない。

都築 68年なんてサイケデリックな時代だから、街でかかっていた音楽はグループサウンズだし、あとはロック。学生運動もあって、日本がグチャグチャだった頃じゃない。そんな時代感がこの映画には現われている感じがするよね。

吉本 美術にしてもそう。姫君の寝室がピンクで統一されていて異様に変よ。

都築 和風パブみたいなもんで、これも適当。でも格好よければいい、っていうラフな感じがすばらしいんです。