鳴門秘帖

1957年9月29日(日)公開/1時間41分大映京都/カラースタンダード

併映:「がんばれ健太」(原田治夫/石井竜一・見明凡太郎)

製作 永田雅一
企画 高桑義生
監督 衣笠貞之助
原作 吉川英治
脚本 衣笠貞之助・犬塚稔
撮影 杉山公平
美術 西岡善信
照明 岡本健一
録音 大角正夫
音楽 斎藤一郎
助監督 西沢利治
スチール 小牧照
出演 長谷川一夫(法月弦之丞)、山本富士子(猪谷よね)、淡島千景(見返りお綱)、林成年(若党森平)、千葉登四男(内裏大五郎)、中村伸郎(阿波守重喜)、滝沢修(脇伊豆)、清水将夫(竹屋三位有村)、信欣三(酒部三左衛門)、細川俊夫(山添東十郎)、南左斗子(お福)、松本克平(関屋孫兵衛)、杉山三九(天堂一角)
惹句 『空前絶後の大顔合わせ千変万化の面白さ大映の総力を結集した年に一度の超特作』『大映の総力を結集して放つ年に一度の黄金時代劇

この映画は今から五十年前、大阪毎日新聞に連載された吉川英治氏の原作を映画化したものです、同氏「が初めて新聞小説に登場した思い出の出世作ですが、「おもしろい」という点ではいまなお定評のあるものです。したがって、すでに各社で数回にわたって映画化されたおなじみの題材ですが、大映カラーにより製作した豪華版です。

昭和元年のマキノ映画・日活・東亜キネマの競作以来、何回となく映画化された吉川英治の伝奇小説にもとづく時代劇の大作。徳川十代将軍・家治の頃、公儀隠密法月弦之丞は虚無僧姿に身をを装い、反幕の動きがある阿波藩の動向をさぐるべく徳島に渡るが・・・。衣笠貞之助のツボを心得た演出で一級の娯楽作品に仕上がった。( ぴあキネマクラブより )

大衆小説と時代劇に関して 滝沢 一

「大衆小説と時代映画」という註文である。この大衆小説というところがクセモノであるこれが単に小説と映画というなら、高遠なる理論も展開されそうである。大衆小説と時代劇映画、となるとこれはわれら日々のメシの種でありあたかも主婦がアタマをなやます日々のおソウ菜のごとくに、その考え方も勢いミミッチクならざるをえない。

衣笠貞之助の『鳴門秘帖』は期待に反してまことにつまらなかった。

■ 解 説 ■

「鳴門秘帖」の原作は1926年から27年にかけて大阪「毎日新聞」に連載され、これによって吉川英治は流行作家の座を決定的にした。

波瀾万丈の面白さゆえ、何度も映画化された。もっとも早いのは原作小説が連載中の映画化で、それも三社の競作になった。おまけに各社そろって全七部作というのがスゴイ。日活の谷崎十郎主演版、マキノ映画の市川右太衛門+嵐長三郎(嵐寛寿郎)版(途中で市川右太衛門が退社したので後半は嵐寛寿郎)、東亜キネマの光岡龍三郎版で、いずれも1926年〜27年、全七部作としてつくられた。

とにかく原作は大長篇ゆえ、七本になるのも納得できる。

1957年の長谷川一夫版「鳴門秘帖」は一本きりだから、大幅に省略されたダイジェスト版といえ、ドラマがじつに目まぐるしく展開してゆく。ことに巻頭など、まるで見せ場の名場面集のようになっており、どんどん話も場所も飛ぶ。

それでも迷走することなく、複雑なストーリーが的確に運ばれるのは、衣笠監督たちスタッフの手腕であろう。いわば確実に見せることが魅せることにつながり、そのなかに、長谷川一夫をはじめとする豪華な顔ぶれの魅力が浮き立つ。

長谷川一夫が相変わらず颯爽としているのはさすがだとして、市川雷蔵が小気味よくライバル役を演じている。楽しみながら先輩スター・長谷川一夫に挑むといったところか。

・・・・千変万化の面白さ、空前絶後の顔合せ、大映の総力を結集して、年に一度の黄金時代劇!惹句の常で、ちょっぴり言葉がオーバーだが、嘘には思えない。

この「鳴門秘帖」の監督・衣笠貞之助、撮影・杉山公平、美術・西岡善信、照明・岡本健一というスタッフは、前年の痛快作「月形半平太」と同じである。それこそが全盛期の大映の実力にほかならず、“年に一度の黄金時代劇”を生み出している。( キネマ倶楽部ビデオ、解説山根貞男のお楽しみジャーナルより )

■ 物 語 ■

天明年間、徳川十代将軍家治のころ、全国外様大名の間にはひそかな反幕の動きがあるとの風聞に幕府は厳重な監視をおこたらなかった。虚無僧姿に身をよそおう法月弦之丞は阿波藩の動静探索のため現地に派遣された夕雲無双流を使う幕府の隠密だが、極心一刀流車返しの秘太刀を得意とする戌亥竜太郎はこの無双流と対決したいという一念から、しつこく弦之丞に勝負をいどむ阿波の青年剣士である。しかし弦之丞を追うものがもう一人いた。

彼を父の仇とねらう武家の娘の猪谷よねで若党森平を従え、しばしば懐剣をかざしておそいかかった。また見返りお綱は幕府の隠密、甲賀世阿弥の娘で、父の安否をたずねてはるばる阿波に渡ってきた女忍者である。

城主阿波守重喜は徳川征討を夢みるうちについに狂気におちいり、家老脇伊豆がかわって一切の采配をふるって、野心と陰謀をほしいままにしようとしていた。

普化僧として咄行寺に身をよせていた弦之丞は、ここでお綱という女に会った。弦之丞は山奉行の関屋孫兵衛に接近して世阿弥の幽閉されている剣山の模様を探索しようとした。

一方よねは森平と吉野川の廃船に身をひそめ、弦之丞をおびきよせて父の仇をうつ機会を待っていた。咄行寺で弦之丞を見かけ、斜青眼のかまえ、夕雲無双流のつかいてであることを知った竜太郎は真剣勝負を決意し、森の中で車返しの秘太刀をこころみるのだった。

城内馬場で、阿波守の嫡子喜丸の誕生日を祝う流鏑馬が開かれている最中、江戸諸藩士酒部三左衛門らが早駕篭で帰国、江戸の一大事とばかり、討幕の密約が幕府の知るところとなり、城代家老脇伊豆守の身に危険が迫っていること、かくまっている竹屋三位のことが見つかったこと、世阿弥のゆくえを探していることなど一切の情報を脇伊豆に知らせた。このことをすっかり立ち聞きしてしまった弦之丞は、幕府の隠密大沢兵部にこのことを告げた。よねは父の斬られた夜のことを思い出し、あるいは腕自慢の父が酒に酔って自分から弦之丞に仕向けた果し合いに破れたのではないかと思うようになった。

一方、父の行方をつきとめようとするお綱は、山奉行関屋孫兵衛の道場にしのびこみ、山絵図をぬすんだが、竜太郎に発見され、不意をついて逃げた。しかし竜太郎の手に残っていたお綱の守袋を開いてみた彼は、お綱が世阿弥の娘であることを知った。阿波藩では城下の警戒を厳重にするとともに、獄中の世阿弥を斬ることに決めた。

お綱が山絵図をたよりに剣山をのぼっていく。急を知った弦之丞がいく。そして阿波侍がこれに続く。戌亥竜耳軒たちに囲まれた弦之丞は銀粉の目つぶしをくって断崖から谷間へ転落、かけつけたお綱に救われたが、すでに目は見えなくなったいた。山牢にたどりついた天堂一角たちは、処分を命ぜられた世阿弥がいないことを知った大騒ぎとなるが、世阿弥は竜太郎によって運びさられたのだった。

執拗に迫って来る森啓之助らの阿波侍たちにおわれ、よねをかばおうとした森平はついに彼らの刃に倒れた。よねの身に危険が迫ったとき、縁の下から彼女を呼んでかくまったのは世阿弥である。

縁の下からはい出してくるよねを不審化に見入った竜太郎は世阿弥をその場で発見、約束どおりお綱にあわせることができたが、世阿弥は事件の密書をよねにたくしたことを告げてついに息をひきとってしまった。血書を持って逃げようとするよねは、阿波侍たちに捕まって、山奉行で詮議をうけるが、不意にその場への目の回復した弦之丞が現われ、彼女を助けようとする。

たちまち大乱闘となりよねも阿波侍も相手にはげしくたたかうが、肩口を斬られ、苦しい息の下から血書のありかを知らせて絶命した。父の遺言をたよりによねを探し求めるお綱は血書が弦之丞の手にあることを知り、ふるえる手でそれを受け取った。

しかし、竜太郎が現われ「その血書鳴門の海は渡さんぞ。刀にかけても取り返してみせる」と弦之丞にかねての勝負を申し出た。双方息づまるような殺気、やがて二人のはげしい剣の応酬がつづいた。

「おおっ」の気合とともに、勝負は終わった。竜太郎は元結がきれ、弦之丞は袈裟がさけていた。弦之丞は竜太郎、お綱のみつめる目の前で、血書を破りつづけた。

原作「鳴門秘帖」は1926年から27年にかけて大阪「毎日新聞」に連載された。”隠密もの”のハシリといえる。吉川英治歴史時代文庫・全三巻 講談社で読める。

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