鬼火駕籠

  

1957年11月10日(日)公開/1時間27分大映京都/白黒スタンダード

併映:「駐在所日記」(枝川弘/船越英二・叶順子)

製作 酒井箴
企画 浅井昭三郎
監督 弘津三男
脚本 八尋不二
撮影 牧田行正
美術 西岡善信
照明 古屋賢次
録音 海原幸夫
音楽 渡辺浦人
助監督 大北治三郎
スチール 杉山卯三郎
出演 嵯峨三智子(菊次)、林成年(篠原兵馬)、中村玉緒(琴江)、小町留美子(お糸)、矢島ひろ子(あやめ)、和泉千太郎(御手洗伴次郎)、細川俊夫(山田剛右ヱ門)、清水元(丹兵ヱ)、寺島雄作(茶木茶九郎)、山茶花究(すがめの勘次)、尾上英五郎(六郷弾正)
惹句 『陰謀の闇に変化の快剣、血風を呼んで鬼火行列に挑む白頭巾』『謎と波乱、恋と剣、颯爽雷蔵の大暴れ』『狂った美少女の謎の一言が発火点、恋と陰謀、剣と復讐に全篇息もつがせぬ時代活劇

   

 

〔解 説〕 

★市川雷蔵が『二十九人の喧嘩状』以来、半年振りで嵯峨三智子とコンビを組むが、コンビは雷蔵のデビュー当時からのもので一つのカラーを持っているのが強み。その反面バライティのある面白味に欠け、時代劇の一つの枠を感じせしめるとも云えるのではないか?

★脚本はベテラン八尋不二の筆によるオリジナルシナリオで、弘津三男監督が時代劇青春スターを動員するものとして期待。

★父の仇を報ぜんと遊侠の群に身を投じた若様やくざ通称月太郎に市川雷蔵、その秘密をさぐりながらも月太郎に恋慕の情を燃やす鉄火芸者菊次に嵯峨三智子。失地回復のため月太郎と同じ敵六郷弾正に立向う青年武士篠原兵馬に林成年、兵馬をかくまう女芸人あやめに矢島ひろ子、兵馬と同じ志の青年武士御手洗伴次郎には『稲妻街道』で時代劇スターとしてデビューした和泉千太郎とその許婚で兵馬の妹琴江には中村玉緒と、三組の青春コンビの競演は面白く、これに小町瑠美子を加えた青春スターによる恋と陰謀、剣と復讐の時代活劇として一応楽しめるだろう。

★なかでも気狂いといういわば初の汚れ役に扮する中村玉緒は、若手スターのなかでもカンのよさとカメラ度胸のよいことでは定評があるが、これからのびる女優として勉強のためにもその意欲は期待してよい。 

 十一月の封切りに備えて去月十七日、クランク・インした大映京都の『鬼火駕籠』(監督弘津三男)は、主君の失地回復と、父のカタキを報ぜんと活躍する三人の青年武士に、鉄火娘と純情娘の悲しい恋がからんだ多彩な時代劇。主人公の侍くずれのやくざ月太郎には『鳴門秘帖』に続いて市川雷蔵が扮しているほか、嵯峨三智子、林成年、中村玉緒、矢島ひろ子、新人和泉千太郎らが出演している。

 若年寄六郷弾正の悪企みのため天堂藩が、その領地羽衣盆地を横領されたことにこの映画は始まる。羽衣盆地の郡代を勤めていた土佐基斎は、ことの真相を訴え出ようとして待ち受けた弾正の手にかかって非業の死。その一子月太郎はアダ討と失地回復のため江戸へ上って、やくざに身を装う。一方国元の天堂藩家老篠原兵之進は老体にムチうって第二の使者に立つが、またまた弾正のため討ち捨てられ、同道した娘の琴江(中村玉緒)はそのショックで気が狂ってしまう。

 ところでセットでは、気違いになって街をさまよっていた玉緒を、月太郎の子分すがめの勘次(山茶花究)が長屋へ連れ帰ったシーン。月太郎と勘次がウツロなひとみを開いたまま、カンザシを手にして「キレイなキレイな赤い花」と繰り返している琴江を持て余しているところへ、かねてから月太郎におぼしめしのある柳橋の芸者染次(嵯峨三智子)が、住居を捜し当ててやってくる。「フン、バカにおしでないよ。隠れ家をどうしても教えないと思ったら、こんな玉が隠してあるんだものねえ!ちょいと、どこの御大家のお嬢さんか存じませんがねえ、ここは男ばかりの家なんですよ!もし聞いているんですか、いないんですか・・・」とつめよる。カミふりみだして、解けかけのオビ、口をポカンとあけた玉緒ちゃんは、前におかれたざぶとんをまるめて胸に抱きよせ、赤ん坊をあやす素振りよろしく素知らぬ顔・・・。

 これまでオキャンな町娘や、純情かれんな武家娘など、いろいろの役柄をこなしてきた玉緒ちゃんも気違い娘は初めて、いじらしいほど一生懸命になって感じを出そうと努力していたが、弘津監督の「静かに」という言葉もよそにスタッフの連中や見物客の中から、同情と可愛らしさと、いじらしさや面白さがごちゃまぜになったような笑い声がクスクスきこえて、玉緒ちゃんはよけいアガってしまう。

 雷蔵が「もう少し斜め上をウツロな感じを出してみつめて・・・」としきりにコーチすれば、ムダ口をたたいてキャッキャッさわいでいた嵯峨も「玉緒ちゃん、ざぶとんを丸めて子供をあやすようにすれば感じが出ないかしら・・・」とお姉さまぶりを発揮。「最初私が気違いをやらされるって聞いていたので、無茶してサンザンみんなをいじめてやろうと思っていたんだけど・・・」とシタを出していた。

 さて何とか本番を終えて胸をなでおろした玉緒ちゃんは、「気付や気持はみな長谷川のおじさま(一夫)に教えてもらいました。とにかくいままでになかった役で、ふつうの役でもまだ思うように出来へんのに気違いのなんて恥しいて・・・私が心配なのは、アホにみえてへんかということ、気違いとアホはちがうと思いますが、区別をつけるのがむずかしい。それに同じ気ちがいでも武家娘の気違いは、キモノを乱すといっても、思いきり出来ないので大変です」と例の標準語と京都弁のチャンポンで話してくれた。

(ディリースポーツ大阪版10/03/57より)

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嵯峨とのラブ・シーンのかたわら

進行係もつとめる雷蔵

『鬼火駕籠』のセットは朗らか

 雷蔵、嵯峨の名コンビ振りはすでに有名だが、いよいよ脂の乗って来た感じ。この『鬼火駕籠』のセットをのぞいてみると、丁度この御両人の一寸したラブ・シーン。

 場面は悪人たちの行列に斬り込んで、袋小路に追いつめられた二人の青年武士篠原兵馬(林成年)と、御手洗伴次郎(和泉千太郎)を荒れ屋敷へ導いて、無事救い出した月太郎、感慨深げに彼等を見送っていると、後から白い女の手が肩にかかる。菊次である。

 「ほほ・・・何だか曰くありげな人達らしかったが・・・月さんが誰とつき合おうと、女でさえなけりゃア、この私にやかかわり合いのないことさ」月太郎はこれに取り合わず、「姐さん、御機嫌でござんすね」と画面から切れる。続いて、「おや、酔ったかしら」と嵯峨のアップになるのだが、これを高見の見物の雷蔵、一回テストがすんだのを見ると、すぐ監督より先に「ハイ、本番」と大きな声をかけて、嵯峨に睨まれる。

 次に、庭の亭の中で二人の芝居になるのだが、弘津監督は持前の低い声で、相当長いカットの演技をいろいろ嵯峨に代って雷蔵と演り合い、やがて「嵯峨さん」と呼ぶ。これを受けて雷蔵が大きな声で、「嵯峨さん、嵯峨三智子サーン」と呼ぶ。ここで長丁場のラブ・シーンが始まるのだが、月太郎実は雷蔵と、芸者菊次実は女間諜実は嵯峨三智子との虚々実々のラブ・シーンはいつまで見ていても飽きの来ない観物だった。(よ志哉2号より)

 

〔物 語〕

 老中に取り入った隣藩玉置家の六郷弾正のために、重要な土地を強奪された奥州天堂藩は、使者を送り直訴しようとしたが、闇討ちにあってしまった。第二の使者である、家老篠原兵之進は江戸に到着したが、夜の神田川べりで、刺客に襲われ、彼は殺された上に、危うく難を逃れた娘の琴江は恐怖から発狂した。

 在江戸天堂藩士、御手洗伴次郎と琴江の兄兵馬は老中井上の行列へ直訴を計ったが失敗し、進退窮した時、月太郎と呼ぶ男に救われる。しかし、この男の素性は判らず、ひとまず伴次郎は浅草の人入れ稼業丹兵衛の家に、兵馬は両国の掛小屋の座頭あやめのもとに身を隠した。そして、謎の男・月太郎には柳橋の芸者菊次がつきまとっていた。

 江戸市中を狂い歩いていた琴江は月太郎の子分勘次に出あい、月太郎の長屋までついてきた。「御手洗様・・・」と口ばしる琴江に、月太郎は御手洗を引き合わせてみた。琴江は、彼の許婚者だったのだ。琴江の無事な様子を知らせようと、伴次郎はあやめの一座を訪ねたが、兵馬は不在だった。伝言を頼まれたあやめは、妹と知らず、琴江に嫉妬し、兵馬には何も伝えなかった。

 一方、天堂藩は大目付松平へ盛んに強奪の件を申し立てた。それを知った弾正と刺客山田は、彼の暗殺を企てた。弾正らに襲われた大目付松平備中守は月太郎に救われ、天堂藩の窮状を訴えられた。彼は月太郎が先年闇討ちにあった郡代の一人息子であることを察した。父を討たれ、無頼の群に身を投じたのだった。帰途、染次が現れ月太郎を口説くが、彼女を振り切って逃げだした。染次は、実は山田の妹であり、弾正の間諜でもあった。

 弾正は御手洗ら三人へ刺客を指し向け、伴次郎だけがおびき出されたが、兵馬と丹兵衛の妹お糸が一家の若い衆を連れ駈けつける前に、月太郎により救われた。ところが、月太郎が隠れ家へ帰って見ると、琴江の姿がなかった。月太郎、伴次郎、兵馬の三人は弾正宅にしのび込み、琴江をさがした。月太郎に再び助けられた琴江は兄と伴次郎にやっと再会した。しかも彼女はこの乱闘のショックで正気にかえったのだ。

 その頃菊次は、兄の悪事の次第を知り、いさめたが受けいれられず、悩んだ末に、密かに江戸を去ろうとした弾正らの有様を兵馬と琴江に知らせた。二人は力を合せて弾正を倒し、父の仇を討った。悪人は亡びた。使命を果して藩へ旅立つ三人を、月太郎、菊次らが晴れやかに見送っていた。

      

                             鬼火駕籠                      押川義行

 奪われた領地をめぐる騒動。悪い者はあくまで非道で正しい者は悲運に喘ぐ。しかし正義の剣は結局邪悪なものをほろぼす、というお話。その中間に右にせんか左にせんかと迷う美女が登場したりして、色どりの派手さ加減といい、話の持ってまわり方といい、格別に眼新しいものではないが、主役の月太郎という若者を変に凄ませていないところが案外の持味だ。これを演ずる市川雷蔵の個性の魅力でもある。

 土地を奪われた藩の跡とりが、町人に身をやつしての活躍ということになっているらしく、その辺はどんな映画にもある主役のカゲを彫り上げる手だが、何となくそう見えるのがいい。しかし、どっちにしろ雷蔵の印象が買えるだけの話で、人物のからませ具合や性格の描き方となるとぐっとお粗末になる。月太郎の動静を探る敵方の間諜芸者は月太郎に惚れ込んで鞍がえし、敵に父を殺された兄妹が別れ別れになってすれ違いをくり返す。その妹は父の死によって発狂していたのが最後に正気に返って許婚者の胸に抱かれるなど相変らず他愛がない。もっともこんなことに一々文句をいっていたらきりがない。同じような物語りでも演出がうまければ、たとえその場だけの面白さではあるにしろ、結構楽しめる映画が出来るものだ。演出者の才腕などというものは、案外そんな場所で決定づけられる場合が多い。この映画でいうなら、話の低俗さに歩調を合わせただけの演出が物足りない。低俗さを縦横に引きまわすくらいの気魄がほしい。興行価値:大映としては、もっとこの種の映画の娯楽作品としての面白さを工夫すべし。(キネマ旬報より)

 

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