弥太郎笠

1957年7月2日(火)公開/1時間34分大映京都/カラースタンダード

併映:「地獄花」(伊藤大輔/鶴田浩二・京マチ子)

製作 酒井箴
監督 森一生
原作 子母沢寛
脚本 八尋不二
撮影 本多省三
美術 太田誠一
色彩技術 本田平三
照明 岡本健一
録音 林土太郎
音楽 斎藤一郎
助監督 田中徳三
スチール 松浦康雄
出演 浦路洋子(お雪)、矢島ひろ子(お牧)、木暮実千代(女賭博師お吉)、夏目俊二(桑山盛助)、柳永二郎(お神楽大八)、石黒達也(平井久馬)、寺島雄作(磯部の勘太郎)、清水元(虎太郎)、伊達三郎(照吉)、芝田総ニ(与兵衛)、横山文彦(善兵衛)、岩田正(弥吉)、福井隆次(玉三)
惹句 『浮名流しの三度笠、旅から旅の旗本やくざ、追うは剣鬼か、三つの恋か』『魅力の配役、鮮烈の色彩、痛快の物語日本一の股旅映画はこれだ』『旗本くずれのりゃんこの弥太郎が、めったに抜かぬ一本刀抜いて血を呼ぶ恋を呼ぶ

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◆ 解 説 ◆

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山根貞夫のお楽しみゼミナール

 『弥太郎笠』の森一生監督は、市川雷蔵ともっとも多く組んだ監督である。市川雷蔵は百五十三本の映画を世に残したが、そのうち二十九本、つまり約五分の一が森一生作品である。深い関係のコンビだったことになる。ちなみに、つぎに多いのは三隅研次の十七本、そして田中徳三と池広一夫の各十五本である。

 それにしても、市川雷蔵のデビューは1954年で、世を去ったのが、1969年であるから、十六年間のスター生活のあいだに百五十三本ということになり、これはじつに多い。一人のスターが十六年間、ほぼ一年に十本ずつ映画に出つづけたとは、ちょっと信じがたいことである。市川雷蔵が活躍した十六年間は、いま思えば、戦後日本映画黄金時代であった。その勢いが、一年に十本ずつという数字にあらわれている。

 わたしは目下、三年がかりで森一生にインタビューしているが、市川雷蔵の話がしょっちゅう出てくる。(註:「森一生 映画旅」89年11月草思社)やはりもっとも印象深かった俳優であったからであろう。森一生の語る市川雷蔵の印象を短くまとめて記せば、つぎのようになる

 −なにより悲しみを表現する人であった。けれども、その悲しみが重苦しく暗いものにはならず、明るいといっていいほど、さわやかな悲しみを深く表現する人であった。−

 市川雷蔵は、さわやかな悲しみの人として、日本映画界の黄金時代を駆けぬけ。1969年に世を去った。享年三十七歳。

 『弥太郎笠』は、デビュー四年目、三十二作目に当たり、二十五歳であった。この映画は明朗な時代劇で、若い市川雷蔵がのびのびはつらつと暴れ回っている。ところがある瞬間、その底に、ポツリと悲しみがにじむ。そこに市川雷蔵の魅力がある。

 原作の子母沢寛は、大衆文壇きっての人気作家であり、しかもこれが代表作である。剣は無敵、育ちは直参、姿はやくざのりゃんこの弥太郎が、美しき人情に生き抜き、正しき者を助け悪を滅ぼすという颯爽の活躍ぶりを描いて、永く日本人の心を握んできた名作である。

 この映画化には、戦前の稲垣浩監督、片岡千恵蔵、山田五十鈴主演のものが名高く、無声映画時代の娯楽映画として一つの頂点を示すものであったという。戦後では、直接原作によるもの、オリジナルに書き下ろしたもの含めて、マキノ雅裕監督が何度か映画にしており、それぞれ鶴田浩二、中村(萬屋)錦之助、小泉博といった顔ぶれが弥太郎を演じている。また、再び千恵蔵による松田定次監督作品もある。その弥太郎を市川雷蔵が演じて注目されたものである。

 雷蔵のもつ痛快な面が股旅ものにみごとに生かされ、彼ならではの『弥太郎笠』を作りあげているところに、この作品の面白さがあるといえよう。彼をめぐる三人の女に、浦路洋子、矢島ひろ子、木暮実千代が配役されている。

−子母沢寛の戦前の股旅小説の代表作『弥太郎笠』の主人公が弥太郎である。二本差はりゃんこと読む。元はれっきとした御家人が、渡世人となったところから通り名となる。−

 子母沢寛の原作を、『二十九人の喧嘩状』の八尋不二が脚色。監督は『朱雀門』の森一生、撮影は『大江戸人気男』の本多省三。主演は『二十九人の喧嘩状』の市川雷蔵、『曙荘の殺人』の木暮美千代、『赤胴鈴之助』の浦路洋子、『地獄花』の柳永二郎。ほかに、矢島ひろ子、夏目俊二、清水元、石黒達也など。白根一男と鈴木三重子が主題歌を吹き込んでいる。色彩は大映カラー。

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◆ 物 語 ◆

 旗本直参の家柄に生れながら、武士をきらってやくざになった、通称りゃんこの弥太郎。足の向くままに、上州松井田の宿の親分虎太郎の家を訪れた。だが、意外にも虎太郎はやくざ渡世の足を洗い、つむぎの織工場という堅気な商売になっていた。

 堅気の家に旅烏が何時までもい続けは出来ないと、また草鞋を履く弥太郎だったが、虎太郎の娘お雪の強い思慕に、後ろ髪を引かれる思いであった。それに、同じ土地の十手を預る二足草鞋のお神楽大八の悪企みも気がかりだった。大八は、彼の妾の芸者お牧を色仕掛けに、虎太郎の織工場を乗取ろうとしているのだ。

 街道筋に出た弥太郎は、関東取締出役となって松井田へ向かっている桑山に出会った。桑山は、彼が武士時代、千葉道場の同門で大の親友だったのである。桑山は、平井久馬という殺人剣の兇悪浪人を探しているのだった。弥太郎は、彼に虎太郎一家が大八に狙われていることを話し、善処を頼んだ。

 その夜、松井田に到着した桑山は、挨拶に集った多勢の貸元たちの前で、大八とお牧の奸策を諌めた。それを根に持った大八は、偶然知合った浪人に頼んで、虎太郎を殺させてしまった。この浪人こそ、お尋ね者の平井久馬だった。

 みなし児となったお雪と弟の栗作とは、細々と織物作りを続けていたが、大八はことごとに彼女の商売の邪魔をするばかりか、妾になれとお雪に迫るのであった。そして、挙句の果てには、暴力に訴えてお雪を拉致し去ろうとした時、姿を現わしたのは弥太郎だった。大八は、弥太郎現わるの報せに仰天、再び久馬に彼の暗殺を頼んだ。正邪両剣の鬼才の対決。だが、弥太郎の腕は冴えていた。大八も、弥太郎の刀に斬伏せられた。これで万事解決と、お雪の涙に送られて再び草鞋をはいた弥太郎だったが、お雪を愛している自分に気附くと彼は、再びいま来た道を引返すのだった。(キネマ旬報より)

                               弥太郎笠          瓜生忠夫

 さいごに、殺人鬼の平井久馬、彼を用心棒にするお神楽大八の一味が、関東取締出役桑山にひきいられた捕手の一団にグルリと取り囲まれる。そこへ旅鴉弥太郎とお吉もかけつける。旗本出の弥太郎は桑山とは友達で千葉道場でも同門の間柄。ともに腕がたち、桑山は久馬逮捕に、とくにつかわされた男である。

 これだけ条件がそろっているので、ここで正邪入り乱れての大乱闘かと期待したらそうではない。どこをどうしたのか、久馬一人を残して大八一味がソックリそのまま重囲をぬけだし、それを弥太郎とお吉だけが追いかけ、弥太郎一人で全員を斬り伏せるという事態が起る。そして、ちょうど大八がやられたところへ、剣を下げた久馬が一人でヒョロリとあらわれる。オヤオヤ役人どもはどうしたのかな、と思っている間に両人は死闘し、ついに弥太郎が勝つのだが、勝ったと思ったら桑山が捕手をしたがえてのんびりと現われる。

 不合理をきわめる。通俗ヤクザ映画だから不合理は承知の上だが、不合理を合理的に見せかける手ぎわのよさを見せてくれないことには、コケにされたような不快さがのこるし、ものごとを合理的に考えようとする現代観客にわざわざ背を向けようとするといわれても致し方あるまい。

 この作品は上州を舞台にし、ヤクザの足を洗ってつむぎの織工場を経営する男。織子。そして織り上った反物を暴力で買いたたくヤクザの仲買人といったものが登場する。歴史的に正確かどうかはともかくとして、産業を背景にしたヤクザものとして、異色作となり得るものだが、そういう方面への興味はまるで示されていない。織工場の娘と一緒になる弥太郎がヤクザの足を洗って、マニュファクチュアの方向へ関心をもつ、たとえ嘘でも興味をかきたてられたであろうに。総体に歯ぎれが悪く、雷蔵と女優陣の演技が異質でとけあわぬ。

興行価値 面白くは出来ている。しかし、余程宣伝しないと題名では吸引出来ない。スターを売るのも一方法。(キネマ旬報より)

弥太郎笠

作詩=萩原四朗/作曲=上原賢六/編曲=宮脇春夫 唄=白根一男

 市川雷蔵主演の大映映画『弥太郎笠』の主題歌として作られた歌で、昭和三十二年八月の発売となっている。この頃はSPレコードの末期で、レコード店の店頭には45回転のドーナツ盤が幅をきかせていた。(SP原盤による懐かしの歌声 白根一男/次男坊鴉 解説より)

         一、

白い雲 かおる風
青葉やさしい 榛名の裾を
あれよ流れる 肩ひとつ
人の住む世の 渡り鳥
行こか戻ろか あゝ
思いがくれる 別れ道

         二、

月の出を 仰ぐ眼に
濡れたあの娘の 睫毛が浮かぶ
どうせ一夜の 仮の宿
明日はあてない 身としれど
恋か未練か あゝ
名残せつない うしろ髪

         三、

胸に湧く 熱い血を
思い切れとは 死ねとのことか
生命燃やせと 風がなる
山の夕陽に 背を向けて
走る行方は あゝ
雨か嵐か 弥太郎笠

おんな笠

作詩=萩原四朗/作曲=上原賢六/編曲=宮脇春夫 唄=鈴木三重子

         一、
月の晩 月の晩
山のいで湯で 夢をみた
おんなだてらに 勝負事
男 男ぎらいの鉄火の肌が
なぜか切ない 夢をみた
         ニ、
あの人は あの人は
よもや石ではあるまいに
呼んで 答があるじゃなし
なぞを なぞをかけてもそ知らぬ顔が 
憎い恋しい 弥太郎笠
         三、
好きなこと 好きなこと
肩をならべたあの影に
あばよ さよなら 告げるのは
ちょいと ちょいと つらいが涙は見せぬ
どうせ わたしはおんな笠

 

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 後年「歴史に身を寄せて時代劇小説を書く」といわれた、後の子母沢寛の文章とは余程違って、生きのいい文章で、いかにも縞の合羽に三度笠が似合っている。( 別冊太陽「時代小説のヒーロー100」稲木新より )

 長谷川伸の苦渋と哀感のともなう股旅ものに比べ、単純明快さが売りものだ。昭和七年(1932)片岡千恵蔵が彼のカラーである明朗時代劇で製作。稲垣浩監督の抒情味たっぷりな演出が好評だった。千恵蔵は戦後東映でも再演している。戦後鶴田浩二が独立プロを興してこれを作ったが、サムライくずれには見えず、ミスキャスト、小泉博も軽すぎ、やはり市川雷蔵、中村錦之助(萬屋錦之助)らの作品になると安心して見ることができる。

 それにしても弥太郎が最後にお雪の許に帰って来てハッピー・エンドというのは、股旅映画の中では珍しい大甘である。弥太郎の親友で八州見廻り役の桑山盛助はトクな役どころだ。( 別冊太陽「時代小説のヒーロー100」永田哲朗より )

昭和六年「サンデー毎日」連載。

光文社文庫「弥太郎笠」で読める。

詳細はシリーズ映画、その他のシリーズの『股旅もののヒーローたち』参照。

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