初春狸御殿

1959年12月27日(日)公開/1時間35分大映京都/カラーシネマスコープ

併映:「関の弥太っぺ」(加戸敏/長谷川一夫・中村玉緒)

製作 三浦信夫
企画 山崎昭郎
監督 木村恵吾
脚本 木村恵吾
撮影 今井ひろし
美術 上里義三・西岡善信
照明 岡本健一
録音 大谷巌
音楽 吉田正
助監督 土井茂
スチール 杉山卯三郎・藤岡輝夫
出演 若尾文子(きぬた姫・お黒)、勝新太郎(栗助)、中村玉緒(第四の姫)、金田一敦子(第二の姫)、仁木多鶴子(第六の姫)、水谷良重(腰元おはぎ)、中村雁治郎(家老狸右衛門)、真城千都世(腰元かえで)、近藤美恵子(第一の姫)、楠トシエ(老女狸路)、トニー・谷(奥番狸六)、菅井一郎(泥右衛門)、江戸屋猫八(泥右衛門乾分狸松)、三遊亭小金馬(泥右衛門乾分狸五郎)、左卜全(善六)
惹句 『化けて悲しいお姫様、ステキな恋の身代りか、唄おう踊ろう若いです狸御殿に春が来る』『浮かれ狸に、お色気狸お茶目狸に純情狸が唄って踊って恋をする』『雷ちゃんの狸吉郎、若尾ちゃんのきぬた姫、勝ちゃんの栗助、魅力あふれる顔合せで、恋と剣とお色気のビックリ狸祭』『ポンとたたいてアイ・ラブ・ユー唄って踊って恋をする美男狸に美女狸』『ポンとたたいた腹づつみ腹をかかえて初笑い今年の運は吉と出る

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[ 解説 ]

『歌麿をめぐる五人の女』の木村恵吾が自らの脚本を監督した狸御殿映画。撮影も『歌麿をめぐる五人の女』の今井ひろし。

<狸御殿>の集大成『初春狸御殿』 三浦 秀一

 1959年、永田雅一社長の大映は眠れる獅子が目覚めた如く、木村恵吾の監督で『初春狸御殿』をカラー、スコープで製作、市川雷蔵の狸吉郎、若尾文子の二役のお黒ときぬた姫、それに勝新太郎の栗助という配役である。

 <狸御殿>のパターンを作り上げた木村恵吾であったが、第一作『狸御殿』では新興キネマという会社の枠のためスケールが出しきれなかった。第二作『歌う狸御殿』では、会社が大映に替ってスケールも広がり、高山、宮城のキャラクターも役にマッチして理想達成の寸前であったが、戦時下の為、今一つ果たせぬものがあった。三作目『春爛漫狸祭』は製作上、お黒・きぬた姫の二役が消え、四作目『花くらべ狸御殿』では、西洋童話風の設定のため狸吉郎も仮の姿となった。そこでこの『初春狸御殿』で木村は初心に戻り、狸吉郎、お黒、きぬた姫の集大成とすべく監督にあたった。

 『初春狸御殿』に伝承して引き継がれているのは、姫のネックレス、狸吉郎初登場シーンでのはにかみ、腹鼓は下品、“姫、春雨じゃ”と「春雨」、羽突きの踊り、ドレミ階段、長い台詞は“かくかくしかじか”で済ます等だが、キッス・シーンは傘越し及びシルエットとなっている。

 また特に動きのある場面で横長の大型画面を十分に生かした演出が見事である。

 ミュージカル・ナンバーは、雷蔵が大映若手女優とレコード歌手あわせて九人と絡み(九人目は若尾で締める)九曲の民謡をメドレーで踊りまくる。雷蔵、若尾は「春雨」「羽突き」をデュエット、雷蔵はリードよろしく若尾を引き立てている。薬売りの栗助役の勝新太郎はこの作品のために作られたオリジナル曲を懸命に歌い、シーンの効果を高めている。

 第一作の『狸御殿』でお黒は、父との愛は取り戻すが狸吉郎とは結ばれなかった。第二作『歌ふ狸御殿』ではお黒と狸吉郎は結ばれるが、異母姉きぬたは取り残される。『春爛漫狸御殿』で狸吉郎と結ばれるのは夕月姫で、お黒ときぬたは登場しない。『初春狸御殿』では二枚目の雷蔵と勝新に対し若尾が二役なので、きぬた姫は狸吉郎と、お黒は栗助と結ばれてハッピーエンドとなる。

 『初春−』の数多い出演者の中では、泥右衛門の菅井一郎が抜群である。

 木村はこの作品で満足したのか、その後レヴュー映画としての本来の狸御殿映画は作ることなく1986年82歳で亡くなった。最後の作品は『狸穴町0番地』(65)で、これも狸映画の一種であった。(LD Box「狸御殿玉手箱」解説より)

[ 略筋 ]

 狸の国、カチカチ山の村娘お黒は大の親孝行だ。父の泥右衛門がカチカチ山で兎にしてやられた火傷の古きずの手当てに薬を売りにくる栗助を、憎からず思っていた。栗助もお黒が好きだった。

 ある日、猟師に追われて森へ逃げ出したお黒と泥右衛門は、番傘に化けた。同じく逃げこんできた狸御殿の腰元たちがにわか雨にこの番傘を使い、狸吉郎がきぬた姫との見合いにやって来るというので大騒ぎ。しかしきぬた姫は人間の夫を持ちたいと狸吉郎の到着と同時に人間社会へ家出してしまった。老女の狸路はお黒がきぬた姫と瓜二つなのを利用し、お黒を姫の身代わりに立てた。

 狸吉郎はお黒にすっかり魅せられてしまった。きぬた姫の行方は一向に分らなかった。狸吉郎とお黒の恋愛はどんどん進行した。家老の狸右衛門は、お家安泰のために結婚させようと決心した。ところが、姫が人間たちから相手にされず悄然と狸の国へ帰って来たのだ。泥右衛門はいま帰られては折角の玉のコシがと、姫の帰路を襲った。これを知ったお黒は、姫の姿の代り、泥右衛門の一刀を浴びた。しかしお黒も栗助の薬で奇跡的に助かった。

 かくしていまはしとやかな娘に帰ったきぬた姫と狸吉郎、お黒と栗助という二組の祝言がめでたく取り行なわれることになった。( キネマ旬報より )

細川周平さんと見る『初春狸御殿』

 この欄はいつも問題作、名作が並んでいる。今日は趣向を変えて、問題のない作品を見ることにしよう。

 大映の『初春狸御殿』。タイトルからしていかにも問題がない。1959年のお正月映画として封切られた。日本映画の黄金期で、58年には映画入場者数が十一億人でピークに達した。59年春には民放テレビ局も勢ぞろいし、四月の皇太子御成婚で、いよいよテレビ時代に突入する。この両年は『彼岸花』(小津)、『隠し砦の三悪人』(黒澤)、『貸間あり』(川島)、『炎上』(市川)など名作が目白押し、裕次郎も絶好調。岡本喜八、石井輝男、鈴木清順らの低予算アクションも実に勢いがあった。ともかく一本一本に勢いがあった。その勢いがこのようなおめでたい作品にもあふれている。

 かちかち山の泥棒狸の娘(若尾文子)が、狸御殿のおてんば姫とうり二つであることからすりかわり、若君(市川雷蔵)に見初められ、自分も恋におちるというお話だ。娘を慕う薬の行商狸の勝新太郎は丸顔の好青年、トニー谷もチョイ役で出てくる。晩秋のような風景だったのが、正月気分用の羽子板場面だけ初春の薄雪化粧になったりするが、深く考えてはいけない。好景気の日本では、このようなストーリーが「ザ・正月」だった。

 映画はお金が木の葉に化けてしまって怒る居酒屋の場面から始まる。狸は同じ人をだましても、狐とは違い酒好きで太っていて、どこか愛敬がある。たぬき腹、たぬき寝入り、たぬき親爺、たぬきのきん・・・・のすず。映画でもしきりに狸どもがこういう慣用句を使ってはまごつく場面が出てくるが、狸が日本人の想像の動物界の中でいかに道化的な存在であるかを示している。西洋には日本の狸自体が生息しないと聞いたことがある。少なくとも有名な童話に狸は出てこない。狸に対する深い想像力は日本文化にかなり特徴的なことらしい。

 映画には背中に甲羅をしょった河童族も出てくる。青いクレオパトラ髪の色っぽい河童で、いつも頭のお皿を気にしている。河童もいたずら者として各地の話に残っている。だからこの映画は実に民俗学的に根深いもので・・・・などと深読みは禁物。

黒澤明の『夢』に「狐の嫁入り」という荘厳なエピソードがあったが、狸は生殖力は強調されても、嫁入り行列はない。婿入り婚なのかもしれない。黒澤には狸は撮れない。狸は木村恵吾のような娯楽映画の監督にこそふさわしい。数年前、『チェッカーズ・イン・タンタンたぬき』というのがあった。チェッカーズが実は狸だった、というやはり他愛のないストーリーだった。狸が出るシリアスなドラマなど今は成り立たないのだ。

 しかし狸は本来はおどけだけではない。狸といえば腹づつみで、映画でもずいぶん出てくる。たたくたびにずいぶん大げさにドンと祭りの太鼓が鳴る。「まあ下品な」と姫がいう。しかしかっては下品などころか情の深さを象徴するのが、腹づつみだった。「釣狐」という狂言はずいぶん有名だが、それに似た「狸腹鼓」という曲もある。尼に化けた狸が猟師に狸取りをやめるようにさとすが、犬におびえるので正体を見破られ、腹鼓をたたいて命乞いをするというものだ。地歌の「狸」でも人間に撃たれそうになるのを雄狸が、おなかに赤ん坊を抱えた妻狸がいるからと命乞いをする。

 狸の腹はそのくらい日本人の情に訴えたものだった。道化で情がこまやかで、太っ腹だが臆病でリズム感よし。他にちょいといないキャラクターだ。ぼくだってこういう美点に関しては、狸になりたい、そう思う。ここまで狸を深く描けると、「小狸物語」「走れたぬきちろう」のような動物感動巨編だって不可能ではない。

 これだけ音楽的な動物だから、ミュージカル仕立てになるのは当然のことかもしれない。映画の見せ場は大阪松竹のレビューショーで、二回合わせて三十分ぐらいある。かなり長い。おざなりのストーリーはすべてこのためにある。雷蔵もかみしもを着て、皆さまようこそお越しを、とひな段に現れ晴々しく挨拶する。おとそ気分の映画館から拍手が沸き起ったに違いない。いよっ、千両役者。舞いっぷりもまたいい。マヒナスターズや松尾和子が歌う。お色気河童が踊る。全国民謡メドレーを聞く。ハリウッドならば場面がワープして次の場面に行くところを襖があいて転換する。ハイカラな東宝とは違った大映ミュージカルの醍醐味、ここにあり。

 受けをねらわずに、ここまでばかばかしくなれ、それを人々があたり前のことと受け取ったところに黄金期らしいところがある。こういう映画で三十年前に正月を迎えた人がいたことをなんだか信じられない。

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戦争をはさんで「狸シリーズ」

 戦前戦後を通じて、主に大映で活躍した故木村恵吾監督は、代表作に京マチ子を売りだした『痴人の愛』が。さらに『馬喰一代』など彼女の魅力を生かした数本がある。そしてお家芸となったタヌキ。

 監督十年目に『狸御殿』(1939)を。オペレッタ風喜劇の新分野を開拓したこの映画は、当時の続映記録を作った。さらにミュージカル仕立ての『歌ふ狸御殿』を。戦後も『花くらべ狸御殿』やこの『初春狸御殿』を作った。

*     *     *

 日本ビデオ協会の調査から。昨年一年のビデオソフトの売り上げは、ビデオカセットが約千二百九十五億円、ビデオディスク約千七十八億円だった。

 カセットをジャンル別にみると劇洋画四百九十七億円(38%)、劇邦画二百六十一億円(20%)、アニメ二百二十一億円(17%)と続く。

 ビデオディスクでは、なんといってもビデオ・カラオケ。七百九十三億円と、なんと、ディスク売り上げ全体の74%のシェアを占めた。まさにカラオケ時代!次いでグッとさがって二位に劇洋画九十九億円(9%)。アニメ、音楽ものと続いている。

 カセットはホテルやバスの車内などで利用するいわゆる「業務用」が5%で、残りは個人用だが、ディスクは47%が「業務用」として売られている。(「日本経済新聞」ウイークエンドシアターより)

 臨戦体制の日本映画界に39年『狸御殿』は登場した。ファンタスティックなオペレッタ風刺劇を撮り続けていた木村恵吾監督は、続けて42年に徹底したミュージカルとして当時の人気歌手総出演で『歌う狸御殿』を完成させた。森の中の御殿に歌や踊りが繰り広げられていく話に、軍部は怒ったが興行はヒット。木村監督はこのあと、応召された。

 大映は、“狸もの”の元祖。木村恵吾監督は戦後48年に『春爛漫狸祭』49年『花くらべ狸御殿』そして雷蔵・若尾のコンビで59年『初春狸御殿』を製作している。日本で数少ない傑作マゲものミュージカルといえよう。

狸御殿とは?

 “狸御殿”は、木村恵吾原作の「オペレッタ喜劇」の総称。昭和14 (1939)年の第1作公開以来、幾度もリメイクされて今日に至る。 なお1作目の『狸御殿』はフィルムが残存しておらず、現在観ることができるのは2作目の『歌ふ狸御殿』以降である。(Wikipediaより)
1.『狸御殿』
公開: 昭和14年 (1939) 10月12日/製作:新興キネマ京都撮影所
監督: 木村恵吾/脚本: 木村恵吾/音楽: 佐藤顕雄/作詞: 木村恵吾
出演: きぬた姫 高山広子/狸吉郎 伊庭駿三郎

2.『歌ふ狸御殿』
公開: 昭和17年 (1942) 11月5日/製作: 大映京都第二撮影所
監督: 木村恵吾/脚本: 木村恵吾/音楽: 佐藤顕雄・古賀政男/作詞: サトウ八ロー
出演: お黒 高山広子/狸吉郎 宮城千賀子

3.『春爛漫狸祭』
公開: 昭和24年 (1948) 6月29日/製作 大映京都撮影所
監督: 木村恵吾/脚本: 木村恵吾/音楽: 服部良一/作詞: 西條八十 
出演: 狸吉郎 喜多川千鶴/満壽妃 草笛美子

4.『花くらべ狸御殿』
公開: 昭和24年 (1949) 4月17日/製作: 大映京都撮影所
監督: 木村恵吾/脚本: 木村恵吾/音楽: 服部良一/作詞: 木村恵吾
出演: 女王おぼろ姫 喜多川千鶴/黒太郎 水の江瀧子

5.『七変化狸御殿』
公開: 昭和29年 (1954) 12月29日/製作:松竹京都撮影所
監督: 大曾根辰夫/脚本: 柳川真一・中田竜雄・森田竜男/音楽: 万城目正/作詞: 石本美由紀
出演: お花 美空ひばり/鼓太郎 宮城千賀子

6.『大当り狸御殿』
公開: 昭和33年 (1958) 2月26日/製作: 宝塚映画(東宝配給)
監督: 佐伯幸三/脚本: 中田竜雄/音楽: 松井八郎/作詞: 木村恵吾・中田竜雄
出演: きぬた姫 雪村いづみ/若君狸吉郎 美空ひばり

7.『初春狸御殿』
公開: 昭和34年 (1959) 12月27日/製作: 大映京都撮影所
監督: 木村恵吾/脚本: 木村恵吾/音楽: 吉田正/作詞: 佐伯孝夫
出演: 狸吉郎 市川雷蔵/きぬた姫 若尾文子

8.『オペレッタ狸御殿』
公開: 平成17年 (2005) 5月28日/製作: 松竹、日本ヘラルドほか
監督: 鈴木清順/脚本: 浦沢義雄/音楽: 大島ミチル・白井良明/作詞: 浦沢義雄
出演: 狸姫 チャン・ツィイー/雨千代 オダギリジョー

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