雪之丞変化

1963年1月13日(日)公開/1時間54分大映京都/カラーシネマスコープ

併映:「黒の報告書」(増村保造/宇津井健・叶順子)

製作 永田雅一
企画 藤井浩明、高森富夫
監督 市川崑
原作 三上於菟吉
脚色 伊藤大輔・衣笠貞之助
シナリオ 和田夏十
撮影 小林節雄
美術 西岡善信
照明 岡本健一
録音 大谷巌
音楽 芥川也寸志
助監督 井上昭・中西倍也
スチール 西地正満
出演 長谷川一夫(雪之丞・闇太郎)、山本富士子(お初)、若尾文子(浪路)、勝新太郎(島抜け法師)、船越英二(門倉平馬)、林成年(ムク犬)、中村鴈治郎(士三斎)、市川中車(中村菊之丞)、真城千都世(町人風の女)、柳永二郎(広海屋)、大辻伺郎(岡っ引)、伊達三郎(川口屋)、中村豊(町人風の男)、毛利菊枝(お三婆)、浜村純(脇田一松斉) 
惹句 『長崎から江戸へ、恋と復讐が渦巻く豪華絢爛日本一のオールスター時代劇

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■ 作 品 解 説 ■

 この『雪之丞変化』(総天然色)は芸歴三十五年を誇る長谷川一夫の三百本記念映画として製作されたものです。原作は三上於菟吉の代表作で、昭和九年の発表され人気を博し、翌十年に衣笠貞之助監督、林長二郎(今の長谷川一夫)主演で映画化されるや、さらに爆発的な人気を博したものですが、以来娯楽時代劇のきわめつけともい云うべき作品になったものです。

 内容は冤罪で父を失った宿命の子雪之丞が身を女形に扮し、怪盗闇太郎の助けを得て復讐を遂げてゆくといったストーリーだが、シナリオは和田夏十が前作、伊藤大輔、衣笠貞之助の脚本をもとに構想新しく書き下ろしたもの。これを『炎上』、『鍵』、『野火』、『おとうと』、『黒い十人の女』、『私は二才』と常にそのきらびやかな才能で野心的なテーマを取り組んできた日本映画界きってのホープ、市川崑監督が演出する。

 キャストも、その記念作にふさわしく長谷川一夫が雪之丞、闇太郎の二役主演すれば、山本富士子、若尾文子、市川雷蔵、勝新太郎、船越英二、中村鴈治郎、市川中車、林成年、柳永二郎、大辻伺郎、徳川夢声、伊達三郎、中村豊、千葉敏郎、南道郎、浜村純、加藤嘉、真城千都世、毛利菊枝といったところが顔を揃え超大作主義を標榜する大映ならではの、絢爛たる時代劇巨篇が期待されます。(公開当時のプレスシートより)

■ 物 語 ■

 ここは市村座の舞台に舞う上方歌舞伎の花形女形、中村雪之丞は、思いがけなくも冤罪で父を陥れた、もと長崎奉行、土部三斎一味の姿をみた。江戸下りの初舞台に早くも怨み重る仇に巡り会おうとは……。師の菊之丞は、逸る雪之丞を抑え訓すのだった。その夜の帰途、雪之丞は一人の刺客に襲われた。かつての剣のライバル門倉平馬だった。その場は忽然と現われた侠盗闇太郎に救われた。

 さて、三斎の娘浪路は、先日の観劇以来、雪之丞のあで姿に側室の身を忘れ恋患の床についた。これを知った川口屋は、大奥を動かすには浪路の機嫌をと、一計を案じた。それを聞いた雪之丞は好機とばかり浪路に近づくが、地位も名誉も捨ててひたすら己にすがる浪路をみて胸を痛めるのだった。そこへ相棒のムク犬を見張りに、女賊のお初が三斎の屋敷に忍びこんできた。だが、雪之丞に発見され追い返されてしまった。胸のおさまらぬお初は、雪之丞の部屋に忍びこみ、そこで雪之丞の秘密を知ってしまった。

 一方、川口屋は江戸の飢饉に乗じて、江戸中の米を買いしめていた。雪之丞は川口屋の相棒広海屋をそそのかし、広海屋の米を投売に江戸に出させた。ために川口屋は破産し、広海屋に火をつけた。慌てた広海屋は川口屋を絞め殺し、三斎の力をかりるため、浪路を誘拐した。だが広海屋は浪路に刺され、浪路は島抜け法師によって闇太郎の隠家に連れこまれた。

 闇太郎の知せで雪之丞が駆けつけた時はすでにおそく、浪路はその儚い一生を終えてしまったところだった。雪之丞は、三斎との対決に彼の屋敷へ乗り込んだが、三斎はもはやこれまでと自から毒を呷ぎ、こときれたのだった。

 長崎一の海産商、松浦屋清左衛門に無実の罪を押しつけた揚句に、謀殺した時の長崎奉行土部三斎と広海屋、それに松浦屋の番頭であった川口屋は、松浦清左衛門の遺児雪之丞によってことごとく裁かれたのだった。

 江戸最後の舞台をつとめる雪之丞の美しい顔には、一抹の淋しい表情が現われていた。

 

                                          雪之丞変化                         福田貞良

 このところ、現代劇の分野でいい仕事をしてきた作家が時代劇作品をつくり、しかも、どの作品もそれなりに問題作となっている。この映画もそうした問題作のひとつといえるだろう。ただし、この作品の場合、問題となる点は、見るひとびとの推理的興味をさそうようなところにある。

 長谷川一夫の三百本記念映画だから、中村鴈治郎、若尾文子、山本富士子、市川雷蔵、船越英二、勝新太郎などのスター達が共演している。だが、このスターたちの印象はなんとなく奇妙である。極端な言いかたをすれば、みんなひとりぽっちで芝居をしているようにみえる。発止発止と切りむすぶチャンバラもさせてもらえない。それというのも、画面の大半をぼかして登場人物の顔や体だけをうかびあがらせたり、刀のうごきをちょっぴりみせたりする演出のおかげなのである。この意味で、「雪之丞変化」は市川崑の演出の特色をうかがうには格好の作品といえるかもしれない。

 だが、それにしても、このスターたちが、山本をのぞくと、充血したような目をしているのは、どういうことだろう。また女賊の山本富士子に、なんともあまったるいべらんめえ口調をつかわせているのは、どういうわけだろう。

 長谷川一夫は雪之丞と闇太郎の二役を力演している。しかし、かっての林長二郎ファンたちにきくと、この映画の長谷川に満足することはできなかったようである。とくに、雪之丞の方で、長谷川の肉体が感じられるような場合には、こういう役を今の長谷川にさせることの不自然さを感じないわけにはゆかなかった。ひとは、そこに映画と芝居とのちがいがある、というかもしれない。だが、カメラは若さをうしなった大スターの肉体を自然にとらえたのであろうか。

 この作品の中で雷蔵がきわめてコミックな役を演じている。闇太郎の向こうを張って、昼太郎という怪盗(?)として登場するのだが、世間からもてはやされる闇太郎を見ては、アイツばかりがなぜもてる、とひがみ、彼の引退を知って、あいつさえいなくなればオレの天下だ、と胸をふくらませる。

 この作品は長谷川の三百本記念映画である。だから、監督も共演者も高名のひとびとがえらばれたのだろう。だが、この作品にはおだやかならぬものが感じられる。いわば犯意というようなものが感じられる。ことわっておくが、とがめだてするにはあたらない。むろん、市川崑や和田夏十の犯意によるものと断ずることはできない。もしかしたら、犯意は企画の方にあったかもしれないからである。出来ごころでも犯意にはなるものだ。ともかく、たいへんに推理的な問題作なのである。

興行価値:スターがそろって派手さ十分、よく知られた素材で面白味もあり、興行価値85パーセント。封切は思ったほどは伸びきらなかったが、組合せで下番線ではもう一勝負できる。(キネマ旬報より)

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 日常生活のストレスををぶッ飛ばすようなことを、できれば自分に直接被害がおよばない範囲で、してみせてくれることを人は好む。そこに直接被害がひっかぶってくる怖れのない過去の世界を舞台にした時代小説の効用がある。[復讐]なぞは、そのもっとも爽快な清涼剤的テーマだ。

 それを満天下のご婦人方をノボせ上がらせるほどの美貌の歌舞伎の女形役者中村雪之丞がやってのける。彼はもと長崎の豪商の息子だったが、時の奉行士部駿河守(後に三斎)、代官浜川平之進、同業商人長崎屋と広海屋に謀られ密貿易事件で両親とも悶死。その無念を晴らすべく剣の道と役者修業の末、花のお江戸へ東上、人気を攫う。仇三斎は娘浪路を将軍の側妾にするが雪之丞に首っ丈で父の気をモマす。

 一方彼の復讐に手をかす大盗闇太郎、女盗賊お初など、結局念願どおり仇を討つまで、昭和九(1934)年発表当時、新聞(「朝日」)読者の心を自在に操った。この「雪之丞変化」は、才人三上於菟吉の傑作。(別冊太陽 時代小説のヒーロー100 石井富士弥より)

 

 

立風書房・日本伝奇大ロマンシリーズ「雪之丞変化」(1970年刊)

講談社「雪之丞変化 上・下」(1995年7月刊)

 

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