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将軍江戸を去る

 それに比べると、「将軍江戸を去る」は全く意外だった。寿海の将軍慶喜のみごとさは、これまで再三感服して来たものだが、こんどほど“神品”という感じで見たことはない。先年来のギブス生活で背中が丸くなっているのも気にならない。ひとえに台詞の巧さ、それに自ずと出て来る気品は、或いは当の慶喜公よりも上だったかも知れない。

 もとよりこの将軍役あってのことだが、雷蔵の山岡鉄太郎があれほどにやれるとは思わなかった。むろん、今の三津五郎や中車らの好演ほどには行かないが、あのように舌の廻り切らぬところに山岡という人物の性状をあらわしているかのようだ。蓑助の高橋伊勢守もまずまずの好演。それに反して大友柳太朗の天野八郎には、やはりお里が知れるものが感じられた。何といっても、芝居は脚本第一である。(北岸佑吉)