宇治の里は淡い星明りにかすんでいた。棺を乗せた牛車が鈍く軋り、葬送の列が悲哀の風をはらんで進んでいた。嫋々たる哀悼の曲が星空の彼方に消えてゆく。
棺には花が散りばめられ、その中には匂うばかりの麗わしさを湛え、生けるが如く眠っているのは宇治八の宮の娘。妹である中の君、その夫の匂の宮、従兄にあたる薫の君、そして弁の尼が、最後の別れをするところであった。
読経の声が一段と高まる。薫の君は今、最愛の恋人大君を失って、打ちのめされたようになっていた。
丘の上の墓所に通うのが薫の君の日課になっていた。憂愁の面持で墓の周囲を歩く薫の君は、或る朝、弁の尼と常陸の介の妻中将と出会った。中将は弁の尼と同様、昔、宇治の館に仕えていた。娘の浮舟を連れて、今弁の尼の家に住んでいた。
「母様、母様」
突然、芒を掻き分けて走り出た少女があった。裾を乱し、野兎の耳を掴んで駈け来る乙女を、薫は不審気に見やるのだった。
乙女は浮舟だった。彼女は薫を見て思わず兎を隠したが、その顔は亡くなった大君に生き写しであった。薫は呆然として乙女を見つめていた。
「お墓詣での道で、生き物を捕えるとは何ということをするのです」
母、中将の声に浮舟は止むなく兎を放した。その時一輪の桔梗の花が手からこぼれた。兎は勢いよく芒の中に姿を消した。
「浮舟どのが、大君にお似あそばすのも道理、同じ八の宮様の姫君でございますもの」
弁の尼の言葉に薫は驚きの声をあげた。
「母君は異いますが、大君様、中の君様とも同じ血を分けた上様のお子でございます・・・中将どのが、まだ八の宮様御在世の頃、大層ご寵愛をおうけしまして・・・」
「そうだったか、大君の妹とは・・・私も一目見て以来、大君が生き返ったように思われてならない」
薫の君は内心の喜びを隠そうともせず、弁の尼に答えた。
それから、間もなく二条院の匂の宮の館では浮舟と姉の中の宮が初めての対面をした。姉の大君を亡くしたばかりの中の宮は、浮舟と逢ったことを大層喜んだ。そして、中将は薫の君が浮舟と逢って驚いた話をした。中の君は言うのだった。
「薫さまに浮舟と懇ろにして頂くようにお願いしましょうか。私もあの方を他人には渡したくない」
匂の宮が帰って来た。宮は訝って
「誰か」と尋ねた。
「私の妹です。浮舟といいます」
宮は女房たちに着換えをさせたまま
「浮舟・・・?浪のおもむくままに、いずれの岸へも身を寄せるというのか、さては多情な女と見える」
自分の多情を棚に上げて宮は言うのだった。中の君が部屋を去ると、庭伝いに短冊の包を持った男がそっと忍び寄って来た。
「少納言様の北の御方から、昨日のお歌のお返しでございます」
「早蕨から・・・」
宮はつぶやきながら短冊を読んだ。
「波くぐり来よ箱崎の松、箱崎の松・・・待っているという返事だ。明夜にでも首尾をするか。今日は若い女客もあることだしな」
宮は笑いながら短冊を懐にした。
やがて宮は浮舟と対面した。宮は浮舟に興味を感じて言うのだった。
「中の君も、先頃姉を失って寂しがっているが、どうだ、此の家へ来て一緒に住んでは、なあ」
問われて中の宮は警戒の様子で、仕方なく、はい、と答えるのだった。中将はただ感謝するばかりだった。
|