− 渡辺さんにとっても初めての忠臣蔵で、いろいろ苦心なすったでしょうね
全部が苦労ですよ。云えば、まあ難しいのは、義士四十七人にいずれも笑いのないことですよ。泣かすところはいくらもありますがね。むきになってやっていて、それが第三者に笑えればいいんだけれど、そんなこと忠臣蔵ではやっぱり出来ないな。大映は、笑わして泣かせろというけれど、それは注文が強すぎますよ。欲ばってますよ。
そんなことより、いつの忠臣蔵を見ても困るのは、垣見五郎兵衛ですよ。同じ人物が二人いるって笑うでしょう、そして白紙を出して笑うでしょう。そんなところで笑われたんではかなわないですよ、松竹のもそうだったですがね。今度は何とかして笑わせないようにしようと思ってね。
初めての笑いは、偽者二人というのがおかしくて笑うんですよね、その次は、白紙を出してぐっと睨んでる、それがおかしくて、又笑うんでしょう。映画だとどうしても白紙が大きく写ってしまうので笑うんだが、ここは舞台だと、御両人ッ、と声のかかる芝居なんですよ。それで今度は白紙を内匠頭の短刀にしたんです。初め私は、討入の道具を見せようとしたんですよ。垣見は当然、長持の中を調べに来てるんですからね。結局は短刀にしましたが。
− 初めての大映京都撮影所は如何ですか
私たちここへ来る前に聞いていたのでは、大映というところは、うっかり監督が何か云おうものなら、ライトマンから撮影部、その他裏方の人たちに突きとばされてしまうぞ、渡辺が行っても、ひどいめに逢って帰って来る。とにかく伝統的にうるさいところだと聞かされていたんですよ。ところが撮影にはいってみると何でもない、とにかく、よくこれだけ一緒についてきてくれたと思うくらいに働いてくれましたよ。そうでしょう、一月二十五日にクランクインして、三月三日にはアップですよ、その間十日ほど休んでいますし、夜の十二時過ぎの夜間撮影なんて一日もないし、早い日は昼の三時、お昼前にすんだことだってあるんですからね。
大映のセットの大きいことには驚きましたね。堂々たるもんですよ。入った感じが全然違うんですから、初日に、松の廊下を組んだセットへ入って、恐れ入りました、と頭を下げましたよ。
松の廊下で笑ったのは、吉良になった滝沢さんが、午前中に吉良が斬られたなんて初めてだって、びっくりしてましたよ。あの人これまでに何度も吉良をやってるんですが、吉良が浅野に斬られるのは、その日は徹夜して、早くて次の日の朝だって云うんです、それが一日早く斬られてしまうんですからね。
私のこと、早撮り早撮りと云って、粗製濫造の標本みたいに云われますが、そんなことはないですよ。私に云わせりゃ、合理的な早撮りなんで、今度だって押すところはちゃんと押してますよ。
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