ヤミ夜にサッと白刃がきらめいた瞬間、あたりをつんざくような女の絶叫が響く。これは、撮影も大詰めにきた大映『大菩薩峠』(監督三隅研次)の一コマ。夫宇津木文之丞をうらぎったお浜(中村玉緒)が、せめてもの罪ほろぼしに、カタキの机竜之助を殺そうとおそいかかるが、逆に竜之助の凶刃に倒れるシーン。

 セット内はライトが二、三にぶく光りをはなっただけで、ほとんどヤミに近い。残雪とける松林と土塀だけがボーッと浮びあがり、不気味なふん囲気をかもしている。そこへ、髪をふり乱した玉緒が、着物のスソを乱し、ぬかるみに足をすべらしながら走りぬける。これを追う雷蔵の竜之助。ふたりとも、なにかにうなされたような演技で、凄惨さをもりあげる。やがて松の根元へ追いつめられた玉緒がくずれるように倒れ伏す。

 いままでの可憐さをかなぐり捨てた中村玉緒の真にせまった演技に、演出の三隅監督もしごく満足そうだった。

 

 (サンスポ・大阪版 10/16/60)