石上 三登志

 三隅研次の描き出す映像はたしかに美しい。だがなぜか異様なのだ。ちょうど、まともに見たら美しくない絵を、上下を逆にして見たら美しく見えたような、本来なら美しいはずがないのに、やっぱりそこには美しさがある。

 太陽の美が“あこがれ”であり、花の美しさが“やすらぎ”であるならば、剣の美は“力”に通ずる。彼等“かたわもの”達は自己の飢えを満たすため、力を手に握ろうとしたのです。それは彼等にとって“あこがれ”であり“やすらぎ”であり、そして“ちから”でもあるのでしょう。美しく、そして力強いもの。それこそ、おそらく彼等の捜し求めていたものに違いありません。剣は太陽や花と違い、人工的な完成美であるのです。

 三隅研次の美学は、ここでさらに冴えるのです。それは高倉信吾の三弦の構えであり、国分次郎の剣道であり、人斬り斑平の居合いです。そしてそれは座頭市の盲目剣法であり、眠狂四郎の円月殺法となるのです。

 三隅研次の描き出す剣法は、私達が日本刀を見て感ずる妖しい魅力に通じます。それは息の根を止めるまで、二度三度と斬りつけるというのではなく、一太刀で致命傷を与えるという鋭さなのです。そんな恐ろしさなのです。そしてそれは、時として美しささえ感じさせます。かみそりのような鋭さの魅惑なのです。

 例えば『剣鬼』の斑平が、自分に剣を教えた武芸者(実は幕府隠密)を雨戸越に喉元を斬る場面がそれです。吹き出る血をおさえる為、彼が石庭の上に転がりながら、自分の袖をひきちぎり喉にあてる描写には、その残酷さを美にまで昇華するものを感じさせるのです。ラストシーンの大量殺戮でも、斑平は一人斬るごとにいちいち刃を鞘におさめては、又斬っていきます。

 『斬る』においてはそれがさらに強調され、川原で相対した信吾の相手が、一瞬の内に頭から真っ二つとなり、左右に倒れるシーンとなって展開するのです。“馬鹿な”と笑う前に、それは一つの妖しい美として私達の眼に写るのです。

 剣の鋭さは斬る事に限りません。信吾が切っ先を前に向け、左腕にかかえるように構える“三弦の構え”のクローズアップから、カメラはパンすると相手の喉元の大アップになる。喉仏がゴクリと動く生々しさは、次の瞬間そこから真赤な血を吹き出すような錯覚にとらわれるのです。ここでは死そのものが、剣そのものが、強烈な美と化して私達に迫ってくるのです。そんなはずがない、死は醜いものだ、などと否定する前にここにはどうにもならない呪縛によって私達を眩惑するものがあるのです。斑平が社の奉納刀の一本の刃に写るおのれの姿を見た如く、そこには力とあこがれとやすらぎを同時に自己の手中におさめた“かたわもの”達の陶酔した姿が見られるのです。そしてこの世のものとは思われぬ、静かな、異様な、鋭い、三隅研次の殺人美学が展開するのです。

 林の中で一人居合いを練習する内田朝雄の動作を、三隅研次はスローモーションでこまかに分解して克明に見せます。一閃した刃を鞘に差し込み、ゆっくりと中におさめる時、抑えた親指がスッパリ斬れてしまうような、あのイライラするような異様な感覚。画面一杯にとらえた剣の刃を、柄杓の水がスローモーションでかけられていく美しさ。そして太陽の前をうなりをたて、しかしスローモーションで通過するその剣。

 いわゆる凶器としての刃物は、たとえば重さを利用した青竜刀、軽さを利用したフェンシング風なものがあります。一方がそれこそたたッ切るのであり、他方は敏捷な動作によって突く効果を利用したものといえますが、日本刀はそのどちらでもありません。そこには刃の鋭さと技の一致だけがあるのです。そしてその本質的な違いこそ、日本刀が美となりうるものではないかと思われるのです。私達は数多くの時代劇を見てきましたが、その中のどれだけの作品が日本刀の恐ろしさ、妖異美を描ききっていたでしょうか。考えてみますと私には三隅研次以外、その妖異美を表現できる作家はいないのではないかと思われるのです。そして剣の美学を、“かたわもの”と結び付けた所に、三隅研次美学の完成があったのではないかと思うんです。彼等にとって“剣”は、生であり、死であり、愛であり、憎しみであり、あこがれであり、やすらぎである。斬る事が彼等の生きて行くたった一つ残された方法なのです。だからこそ、おそろしくもあり、美しくもあるのです。